木葉

死霊魂の木葉のレビュー・感想・評価

死霊魂(2018年製作の映画)
4.7
中国の歴史上、痛恨の極みであるこの出来事はどれほど多くの人に認知されているのだろうか。
人は何に支配されているのだろうか。
お金だろうか、権力だろうか、人々の意識無意識だろうか。人がどれほど無知か、無意識で生きているかに訴えかけてくる作家がワンビンだ。
ワンビンが2005年から2017年まで12年越しで撮り溜めた、毛沢東の半右派闘争で砂漠の収容所に追いやられた人々のインタビュードキュメントはあまりに痛々しくて重い。
8時間半ほどの上映時間に長過ぎるとたじろぐが、やはり無実の彼らの苦しみは時間の長さ、時の流れには到底及ばないことを私たちは思い知るのだ。
1956〜1957年、毛沢東は自由な発言をする社会(百家争鳴)にして、それにより中国共産党を少しでも批判する人を右派と呼び、考え方の矯正だといって砂漠の収容所に送り込む。
この半右派闘争で送り込まれた人は3200人。その殆どの人が元々何もない土地に加え、中国大飢饉が重なり、飢餓に苦しみ、餓死した。生還率は10%だ。
中国の負の遺産、中国社会ではタブーとされていてもうなかったことにされているこの長い事件をワンビン監督は掘り起こすのだ。
おおよそ60年前の出来事だから生還者も歳をとり過ぎている。彼らが高齢に差し掛かり生還者が少なくなる今、使命を感じたのだろう。
22人のインタビュードキュメントは淡々としていて長い。3部構成の中で印象深いのは3部で出てきた、ワンビン監督に噛みつく坊主頭の男性だろうか。苦虫潰した表情で語りたくないとキャメラを睨みつける。屈辱の数年間を思い返したくないんだと表情で語るのだ。
当時、食べ物に多くありつけた人や何か役職に就いた人は生き残っているともいう。
水がなくておしっこで凌いだとか、うんこをすると魂が抜けるとか、シラミで布団が灰色になり、身体がシラミ塗れになっても何も感じないなど、当時の極限状態は想像を絶する飢え、屈辱、耐え難さだ。
食べるものがないからヒエを皮のまま食べてしまい便秘になり互いの肛門を木の棒で突き合ったとか、もう拷問以上だ。
枯れ果てた大地で生き延びた人々の声、顔は苦悶に満ち満ちている。
そしてそれは死者の言葉を代弁すると同時に死者の魂を呼び起こすのだ。
死霊魂の22人の苦悶の表情、耐え凌いで生きてきた声に見えるのは、恐ろしい真実と
国家に殺された人々の消音の肉声。ただ知ろうとしないこと傍観して何もしないことは個人個人の過ちでもあるのだ。
半右派闘争の生存者は極限の状態で食べ物が全くなく死体が常に横にある状態で人の食料を奪ってでも1日でも長く生きようとして生きれなかった者たちの代弁者だ。
8時間半に立ち会えたこと、憤りを超えた死者の怒りや、国家に対する諦めを体感できることが何よりも有難い。
そして彼らの経験を通して考えてみれば、辛い現実でも生きることに貪欲に、命尽きる限り生きねば闘わねばと思ってしまうのだ。
極右で保守、国家至上主義になりつつある世相に声高に義憤を叫ぶことの重要性を問うている。
死者の言霊となったこの作品は幻ではない奇跡の積み重ねのような傑作。
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