木葉

異端の鳥の木葉のレビュー・感想・評価

異端の鳥(2019年製作の映画)
4.4
恐ろしくも孤高で美しいホロコーストの傑作だ。
100%不快になる予感的中で覚悟は要るが、コロナ禍でより露呈したレイシズム、排他主義をこの映画は可視化させる。

ヴェネチアでジョーカーやパラサイトらと競った本作、一年越しに待っても、要心を重ねても、期待、衝撃を超えてくる。
思い出すのは最近の白いリボン、悪童日記、サタンタンゴだろうか、いやそれよりも、ただただ絶句するほど圧倒され、度肝を抜かれる。
東ヨーロッパのどこかで、両親が収容所に送られ疎開したユダヤ人の少年が受けたり、目にする迫害リンチの数々。これでもかと目を覆いたくなる直視出来ない暴力と少年の身にも起きる惨たらし過ぎる出来事。
モノクロームの美しい自然が、よそ者、異質、異物なものを排除するために攻撃して抹殺しようとする大人たちの残虐な行為をより一層クリアにしているのが憎い。
少年のために、心の中で一生懸命私は叫んでいた。叫んでも届かないくらい、世界は非情で残酷、地獄の綱渡りでついに少年は言葉を失う。
少年が行き着く先で、心を失った大人たちの狂気に駆り立てられた惨たらしい行為の連続に、今を生き抜くために不運とも済ませられないくらい傷心し、心ここにあらずでも生きられないくらい心萎えた。
トラウマにトラウマを重ねる出来事に遭遇しても、絶望に絶望を超えても少年は場所を替え生き延びようとする。
暴力の連鎖の地獄の中で、ただ生きたいんだと。
少年の生きることへの執念と、冷酷な悪魔と化した大人たちの対比に、ノックアウトされるが、同時に胸が熱くなるような感動も待ち受けている。
少年は恐ろしい出来事を乗り越え、醜い大人たちに出会い、達観してしまう。綺麗な心、純粋無垢正直素直である必要はないんだと、今を生き抜くために他者を痛めつけることさえ厭わない、狡猾に強かに欲深く生きなければと。
これは今も世界のどこかで紛争、虐待を受けている子供たち、弱者の物語だ。
人は踏みつけられながらも絶望の底につき落とされながらも、ただ死ぬまで生き延びるしか選択の術はない。
そして、絶望の底からしか、生きることへの渇望、希望は生まれないのだ。
人は善悪だけでは語れないが、人間の存在意義、本質の底にあるもの、悪意、暴力をはぐらかさず、3時間弱、写し通した監督の勇気に賛辞を送りたくなる。
神話的、寓話的、圧倒的美が詰まった三時間、荘厳たる、息も止まりそうな現実を逃げないで見て欲しい。
木葉

木葉