異端の鳥の作品情報・感想・評価

「異端の鳥」に投稿された感想・評価

KITSCH

KITSCHの感想・評価

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モノクロームである事が、余計なことは最小に、しかし観る側の想像力を最大にする効果が、これほど強烈に功を奏する映画も令和の今、なかなかに稀有です。

人間の業、暴力、差別、思慮、愛憎、これほど濃縮された人生のストレスを、彼は何人分味わい続けるのか。

3時間近いからと敬遠しては絶対に損。
masa

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4.0
衝撃的なジャケ。
内容も家を失った少年が難関辛苦の旅をする壮絶な話。
非常に濃い。モノクロで169分。
昨年の東京国際映画祭で観賞。その時のタイトルは「ペインテッドバード」だった。

ナチスのホロコーストから逃れるために田舎に疎開した少年が差別に抗いながら強く生き抜く姿と、ごく普通の人々が異物である少年を徹底的に攻撃する姿を描く。

ポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した同名小説を原作。
チェコ出身のバーツラフ・マルホウル監督が11年の歳月をかけて映像化。

東欧のどこか。
ホロコーストを逃れて疎開した少年は、預かり先である1人暮らしの叔母が病死して行き場を失い、たった1人で旅に出ることに。
行く先々で彼を異物とみなす人間たちからひどい仕打ちを受けながらも、なんとか生き延びようと必死でもがき続けるが……。

差別に抗いながらも強く生きる少年の姿が心打つ。素晴らしい作品。

気が付いたらなんとFilmarks 1000レビュー目😃記録用に付けてただけでしたが、人生なんでも続けてみるものですね。
NEMO

NEMOの感想・評価

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“異国を訪れる旅人”という原型的なモチーフを纏った寓話。
旅人は物語における不死性を保ったまま、幾度も、幾度も受難を被る。
sally

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3.2
Kinda complicated as it shows loads of metaphor

このレビューはネタバレを含みます

@試写
 東ヨーロッパのどこかの片田舎、後にソ連軍とドイツ軍が出てくるのでやはり第二次大戦中だとわかる。主人公の少年は13歳。彼はまず疎開先の村から追放される。黒い瞳に黒い髪−−−−少年はユダヤ人かロマか−−−−が邪悪の印だというのだ。その後2年に及ぶ日々を、彼は否応なしにたった独りで彷徨う。飢えと寒さはいかほどのものだったか、と想うのだが、むしろ映画が描くのは非人間的な−−−−ということは他ならぬ人間たちが実行する苛酷な仕打ちに曝され続ける彼の姿である。

 冒頭から少年は村の子どもたちにいじめられている。その後、彼は殴られ、犯され、肥溜めに放り込まれ、天井から吊されて犬をけしかけられ、縛られたまま馬車に引きずられ・・・・・・と次から次へと暴力の的にされる。それだけでなく、彼の黒い瞳はことごとく酷いシーンを目撃することになる。収容所へ運ばれる列車から飛び降りたユダヤ人たちがひとり残らず銃で撃たれる光景、盗賊まがいのコサックに襲われる集落、ユダヤ人の処刑、拾われた家庭での凄まじいドメスティックバイオレンス、村の女たちの女へのリンチ(!)に獣姦まで。

 そして少年自身も生き延びるために、瀕死の少年から靴を奪い、追いはぎもすれば、最後には自分を殴った人間に決然と銃を向けて撃ち殺す・・・・・・。

 ヴェネツィア国際映画祭では途中退場者が続出したとのことだが、私自身も試写会場の席で身体を硬くして耐えた3時間弱だった。

 ここでは人間の〈悪〉が剥き出しになっている。モノクロームのなんとも美しい画面が粉飾しているにしても。暴力を振るう人間たちは自らが体現している悪を対象化することもなく、故にどんな躊躇いももたない。

 〈悪〉になにがしかの陰影を持たせたエピソードは限られている。
 主人公の少年をナチスの手から教会に連れ帰った司祭(ハーヴェイ・カイテル)はこの作品に登場する数少ない善意の持ち主ではあるのだが、教会から少年を預かった男が実は小児淫行者(ペドフィリア)だと、はたして知ったのか知らず仕舞いなのか。仮に知ったのだとしても、もはや病に冒されている司祭には少年を救い出す術はなく、その無力さによって少年の絶望を深めるだけに終わる。
 また、戦災孤児としてソ連軍の駐屯地で保護された少年を自分のテントに迎えることになった寡黙な狙撃兵は、別れ際に少年に「目には目を歯には歯を」という教えとともに銃を与え、結局少年はその銃を我が身を守るためではなく復讐のためにぶっ放すことになる。
 もっとも痛切な〈悪〉は次のような少年の咄嗟の行為を隈取っている。少年を自分の家に受け入れた鳥売りの男が、恋人が村の女たちのリンチで殺された後に首を吊った。少年は助けようとするのだが非力故にどうにもできず、逆に重しになるべく彼に抱きつくのだ。苦しむ彼を一刻も早く死なせるために。

 その直後、少年は男が飼っていたたくさんの鳥たちを空に放してやる。この映画でもっとも美しいシーンだ。

 が、このエピソードの前にタイトルの「異端の鳥」を意味するシーンがある。少年が捕らえた一羽の鳥に鳥売りの男が白いペンキを塗り、空を舞っている鳥たちの群に放つ。鳥たちは大空を背景に特異な動きを見せ、やがて白いペンキを塗られた鳥が血まみれになって地に落ちてきた・・・・・・。

 いくつかのエピソードに登場する女性たちもおよそ少年をケアしようとはしない。鳥売りの男の恋人は森を裸で歩き回る女性であり、若い男たちを誘惑してリンチに遭う。凍死寸前の少年を救った若妻も過剰なまでの性欲を見せ、少年を弄びさえする。

 また、村人から袋だたきに遭っていた少年を金で買い取った老婆は怪しげでしたたかな呪術使いだった(チラシにもなっている土に埋められた少年が顔だけを出し、カラスに狙われているという構図の写真は、その老婆が病気になった少年を治療しようと埋めたもの。中毒症状のデトックスをするための伝統的な療法である)。観客が老婆の本性を知る前に、少年は他の村人に追い払われてしまうのだが。

 ひとり、粉屋の妻は、少年に死んだ息子の服を与え、逃亡しようとする彼にカンテラを黙って渡してやるのだが、夫からの残酷な暴力を甘んじて受けるのみ(夫の暴力の引き金は、彼女が作男に色目を使ったというもので、ここでも女性の性的な欲望が問題にされている)。粉屋の妻のささやかな〈善〉がどうしようもなく残忍な夫の支配下にあるように、やはりひとり、年老いたドイツ兵(ステラン・スカルスガルド)が少年の命を救うのだが、彼の〈善〉もまたナチス・ドイツ軍に首根っこを押さえられている。

 原作は、1933年ポーランドにロシア系亡命ユダヤ人のもとに生まれたイェジー・コシンスキの代表作。1957年アメリカに亡命。「天才的な語学力」でマスターした英語で書いた本作は1965年に刊行され、世界的なベストセラーになった。同時にポーランドを貶める内容だと読まれ、ソ連軍の描き方故か、故国ほか社会主義圏では発禁になった。作家本人についても、俳優としてハリウッドで活躍、贅沢で放埒な生活を送る一方、ゴーストライター疑惑やCIAとの関係が取り沙汰されるなど毀誉褒貶は著しく、1961年に自死。

 『異端の鳥』は自伝小説だと作者自身も発言し、そのように受けとめられてもいたが、後に内容のほとんどは作者による創作であることがわかって非難された由。

 原作では「人々が聞き慣れない言葉を話す東ヨーロッパのどこか」という設定になっており、監督は「実在するスラブ国家にこの物語の国民的アイデンティティを持たせたくなかった」とスラヴィック・エスペラント語という人工共通語を採用した。スラブ系の言語のポーランド語、監督の出身国であるチェコ語 スロヴァキア語、ウクライナ語、ロシア語、セルビア語、クロアチア語、ブルガリア語などは歴史的にはもともとひとつのものであり、かなりに似た要素を保持しているため、この人工語は「自然で古風に響き、スラブ語を知っている者は特別に学習しなくてもおおよそのところ理解できる」(沼野充義)。

 確かに、映画はリアリズムの手法にもかかわらず、登場する女性たちが類型的であるように−−−−これは作家のミソジニーに由来するのかもしれないが−−−−異端者と見れば排除へと駆り立てられる人々の蒙昧ばかりが浮き彫りになるストーリーは、寓話的と言ってよいほどフラットな印象が強い。これはどこでもない世界の物語なのだ。

 これはあくまでも少年の目が捉えた世界、子ども特有の鋭さでその本質を見抜いてしまった世界なのだろう。そう、子どもとは実にすべてを目撃して、彼らなりに世界観を自らの内に作り上げている存在なのではないだろうか。それは決して幼稚だとか未熟だと侮られるべきものではない。むしろ、大人たちがすぐに忘れてしまうその鋭利な眼差しこそ、大事にされねばならないのではないか。おそらくはそこに、人工共通語を使ってまで撮られたこの映画の普遍性があるのだと思う。

 私はずっと「少年」と書いてきた。誰も彼の名前を尋ねようとはしなかったし、彼もほとんど口をきかなかった。後半、失語症に陥った少年は−−−−彼の身心は自分が生き抜いた世界にどんな言葉を与えることも拒否したのだ−−−−最後に名前を取り戻す。それも迎えに来た父親の腕に、ナチスの収容所で入れ墨された囚人番号を見たときに。乗り合いバスの車窓に指で自分の名前をそっと書くというかたちで。なんという寓意!

 小説の映画化の権利の取得に22か月、17種類の脚本を書くのに3年、資金調達に4年、主人公を演じる少年(ペトル・コトラール)が自然に成長していく様を描くため、撮影に2年を費やして完成。監督は、この小説世界をリアルに生きたような自らの内的な戦いをふり返って、観客を「希望に導くこと」という信念にたどり着いたと語っている。いわく「暗闇の中でしか光は見えない」と。
 もうひとつ、監督の言葉を紹介しておきたい。「周りで恐ろしいことが起こるにもかかわらず、彼の本質は美しい」。

 映画が「不要不急」だとされているいま、見終えて陰鬱な気持ちになるこの作品など、その最たるものとされるのかもしれない。だが、この映画が描こうと試みたものは、点数をつけられないほどに重い。
昨年のTIFFで見ました
日本での一般公開が決まったので…

ホロコーストから逃れる為にひとりで疎開した少年が様々な大人たちから差別と虐待にあう、見方によってはとんでもない映画です
後半の少年の雰囲気が違うと思ったら撮影に2年の歳月をかけたようで、本当に少年が成長していました

169分間と長く見るのが辛い場面もあるので賛否が分かれて当然の作品です
ブルア

ブルアの感想・評価

4.3
東京国際映画祭にて鑑賞。白黒なのに美しすぎる映像。それと対比する少年の痛々しい苦難。危険な描写を目を背けつつも見てしまう……という経験がある人はぜひ。ペインティッド・バード
ぺピノ

ぺピノの感想・評価

3.5
ミストごときで胸糞映画とか言ってるニワカにこれをぶつけて世直しをする、そういう夢を見た。夢ならいいのに。
Naoya

Naoyaの感想・評価

2.7
家を失った少年はひとり辺境の地を歩き始める。サバイバルロードムービー作。サバイバル作ながら、少年が旅路の中で、ただ悲惨に無情に残忍に過酷に、起こる出来事に苦しむ様、状況下が、章ごとに多々描かれ、少年の絶望的な人生模様が、多く説明されることもなく、モノクロという限られた色の情報で、言葉足らずで描かれた内容。だからこそ、少年の生きる悲惨さをヒシヒシと感じ、同時に“生きている”姿に刮目できる内容でもある。169分ある長尺ながら、モノクロだからこその絵の印象は場面場面で強く感じられる。
TIFF2019_18

意図が分かるまでに時間がかかりすぎた…
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