螢

ダンサー そして私たちは踊ったの螢のレビュー・感想・評価

3.8
ジョージア伝統舞踊団での飛躍を夢見る青年の姿を静かだけど情感豊かに描くことで、封鎖的な社会に根強く残る性規範と同性愛への偏見、そして、芸術における伝統とそこから生まれる革新までも同時に現した、ジョージア系スウェーデン人監督による意欲作。

“AND THEN WE DANCED(そして私たちは踊った)”という、まるで構文のような、何処となくたどたどしい印象すら与えるタイトルが、主人公メラブの不器用さや抑えられない衝動、何があっても消えない情熱としなやかさを見事に表しているような気がして、とてもしっくりと胸に収まります。

ジョージア伝統舞踊を誇る国立舞踊団の下部組織にて、恋人女性のマリと幼い頃からペアを組んでトレーニングに励んできた青年メラブ。ある日そこに、才能ある青年イラクリが入団してくる。折しも、とある事件ゆえに生じたメイン団の欠員補充のため、メラブとイラクリは一つの椅子を巡って争うことになる。時間を共有する中で、メラブはいつしかイラクリに魅せられていく。けれどそれは彼にとって新たな苦難の始まりで…。

貧しさや家族の足枷に喘ぎ、そして、いつしか抗えなくなった衝動に端を発した秘密の露呈に苦しみ傷つきながらも夢に邁進しようとする青年の情熱を、特別な展開も、劇的な成功も救いもなく、淡々と、まるでドキュメンタリーかのように描いていますが、それが却って味わい深い。
メラブの傍らで全てを知ってしまっても、もがく彼の演技にたった一人拍手するマリの姿も胸にきます。

ジョージアの伝統舞踊は初めて観ましたが、(少なくとも本作で出てくる踊りは、)柔らかだけど形式的な優美さ尊重のロシア系古典バレエとは真逆で、力強く直線的でした。
その「男性に求められる伝統的な力強さ」に、メラブは踊りでも私生活でも何度も苦しめられるのですが…。そんなところも物語の重要な要素になっていて、無駄のないつくり。

メラブを演じたレヴァン・ゲルバビアニは、現役のコンテンポラリー・ダンサーとのことで、ダンスシーンも見所が多いです。
監督は彼をInstagramでスカウトしたとのことですが、若者の狂おしい衝動と反骨心の先にあった伝統と革新の融合、そして、性規範へ問題を投げかけたラストは、伝統舞踊ではなくコンテンポラリーという彼の属性と演技の質があったからこそ、形に出来たような気がします。

ここからは完璧に余談ですが。
本作を観ながら、ダンスへの迸る情熱と衝動がスティーヴン・ダルドリー監督の「リトル・ダンサー」(2000)を、失意の底にあっても失わなれないしなやかな若さがフランソワ・トリュフォー監督の「大人は判ってくれない」(1959)を思い出させました。
双方、本作とは展開その他かなり違うのですが。(あと、他にも何かあったな…と考えながら他の方のレビューを拝見していてものすごく納得したのが、ルカ・グァダニーノ監督&ジェームス・アイボリー脚本の「僕の名前で君を呼んで」(2017)。まさに若き日の同性愛を真っ向から繊細に描いた作品でしたね。)

なにはともあれ、監督の次回作が楽しみになる作品でした。
螢