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アトランティスのnetfilmsのレビュー・感想・評価

アトランティス(2019年製作の映画)
4.2
 長方形に四角く掘られた穴らしきものの中に、サーモグラフィで感熱した人間たちがおそらく死体らしきものを運び込み、埋葬する。このファースト・ショットの只ならぬ度肝抜くような雰囲気にすっかり魅了されてしまう。2019年に撮影された『アトランティス』はロシアのウクライナ侵攻をはっきりと見通し、予言していることに驚く。戦争終結から1年後の2025年を舞台にした物語は、2人の男の時代遅れとも言うべき訓練の様子を映し出す。ロシア兵に見立てた8つの立て看板を土に埋め、彼らの異様な銃声が辺りにこだまする。その様子は自主的に作られた軍隊のような苛烈さで観客に語り掛ける。撃たれた方もPTSDなら、撃った方も実はPTSDを患い、今もなお苦しみの只中にいる。残酷で無慈悲な時間は長回し映像により、観客にも主人公の焦燥の追体験を強いる。戦争で家族を失った元兵士のセルヒー(アンドリー・ルィマールク)は、戦争終結から1年が経った今もPTSDに苦しみ、魂の抜け殻のような日々を送っていた。軍隊の頃と地続きとなった製鉄所の描写が終わりなき戦争の後処理の過酷さを物語る。オレンジがかった溶鉱炉の炎の揺らめきに導かれるように、戦友で親友でもあった男は身を投げる。そこからセルヒーには二重三重の地獄の日々が待ち構えている。

 ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチの奥行きを活かした四角四面のカメラは絵画的な構図の中に悲劇のキャラクターを放り込む。ほぼ厳格なフレーム構成とひたすら忍耐を強いる長回しはひたすら規律を重んじるヴァシャノヴィチの作家性を内外に知らしめる。イワンの死により、製鉄所の閉鎖を強いられたセルヒーは路頭に迷う。然しながら親友の死が神の啓示だったと言わんばかりに、内なる世界に閉じこもるばかりだったセルヒーが外の世界に立ち向かう瞬間、物語は生まれるのだ。アイロンの熱で自傷した男の熱は果たして再び感光するのだろうか?トラックの運転手となったうらぶれた男の姿は、車が故障し立ち往生していたカティア(リュドミラ・ビレカ)と出会い、失った使命感に徐々に目覚めていく。あえて会話を最小限に抑えたミニマムな物語は、遺体処理者の報告の様子を声高に伝える。気が滅入るような戦争の追体験は然しながらセルヒーに何らかの使命を与え、彼を突き動かす。それ自体が政府の指示を巧妙に外していることも興味深い。徹底してセルヒーやカティアの表情に肉薄せず、主に固定カメラのロング・ショットにこだわるヴァレンチン・ヴァシャノヴィチのカメラが雨の中の車正面に大胆に寄っていることに注目したい。ハンドルを握るセルヒーの手にカティアが手を重ねるショットの素晴らしさは残念ながら物凄い豪雨に阻まれ、モザイク状にしか確認出来ない。だがその描写には仄かな希望が香るのだ。二度現れるサーモグラフィによるショットはその大胆な所作に他ならない。
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