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辰巳のMCATMのレビュー・感想・評価

辰巳(2023年製作の映画)
5.0
誰にも共感させないし、誰にも同情させない。危うく共感したり、同情しそうになるとなると「そういうタイプの人間ではないので」とばかりにスルッとかわされてしまう。すべての行動が、あくまで打算的でしたたかな選択の結果でしかない。そんな裏社会のビジネスの話のはずなのに、では何故辰巳は葵を救おうとしたのか。道理からポンと飛び出してしまった事態に狼狽えている、そんな台詞で物語を終わらせてみせるスマートさがここにある。

すべては「道理」の話である。いわゆる「家族」の論理でいえば、竜二や取り巻きは「正しい」ので、彼らの不条理な暴力に嘆いてみせたとしてもそれに抵抗する理屈が存在しない。「優しさ」は鍵となるが、ふとこぼしてみせた「お前はいい奴だからな」という台詞(行間に「俺とは違って」が隠れている)からも分かる通り、無私の優しさは理屈に合わない。理解が出来ない。

冒頭からまるでクライマックスのような、シャブ中の弟の死がぶっとい補助線。本来組織に属しているはずの人間が、その論理とは外れたもう一つの論理をずっと心に秘めていて、それが爆発してしまう。だから、葵のクズさ、手のつけられない横暴さは必然のように感じた。役者は総じて素晴らしかったが、ここは特に森田想さんの役割が非常に重要だったと思ってる。

ディアオ・イーナン『鵞鳥湖の夜』とか、ナ・ホンジン『哀しき獣』、そして何と言ってもヤン・イクチュン『息もできない』のような、アジアンノワールの系譜に堂々と名を連ねる傑作だと思いました。
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