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すばらしき世界のnatsumixのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.2
公開初日舞台挨拶。原作未読。

観る前から2021年公開作品の個人的ツートップを張る作品として「ヤクザと家族」と「すばらしき世界」をあげていて、まだ2月だというのに既にその2作を観終えてしまったから、わたしはこれからどうしたらいいの…という気持ちに。

この2作品はどちらも、過去に反社会的勢力に属した状態で服役した人の出所後の様子が描かれているのだけど、勝手にカテゴライズするのは作品に失礼な事は百も承知でそれぞれの作品を例えると、こんな感じ。

「ヤクザと家族」は動。
「すばらしき世界」は静。

「ヤクザと家族」はヒューマンドラマ。
「すばらしき世界」はドキュメンタリー。

「ヤクザと家族」はオーケストラ。
「すばらしき世界」はピアノソロ。

壮絶な場面でも常に温かい目線の藤井監督。
コミカルな場面でも常に冷静な目線の西川監督。

物語の進み方も、合わせる焦点も、それぞれの監督の目線でこんなに違う。そしてわたしはどちらの監督作品も過去に公開された全作品含めて全力で愛してる。

特に、大袈裟な描写は一切ないのに、実はずっと後ろ手にナイフを隠し持っていて、たまに斬りつけてくるかのような西川監督が作り出す、徐々に迫り来る人間の善悪が織り成すヒリヒリした空気がとても好き。

しかも今回は主演に役所広司、助演に仲野太賀、長澤まさみ、六角精児、北村有起哉、安田成美、キムラ緑子、白竜、根岸芽衣、橋爪功というベテランから若手までハイパーオールラウンダーな役者達が揃っていて、この人達の千の仮面を付け替える様を見せつけられて、脳内で全員にスタオベのちハグをしました。

だってすごいのよ、全員が全員、登場時の第一印象と実際のキャラが全然違うの。人はいかに先入観に囚われているかを身をもって知って震え上がった。

そして何よりも俳優・役所広司の圧倒的存在感。三上正夫として登場した瞬間に作品の空気を変えるオーラの次元がもう全然違う。派手な演出はしていない筈なのに、喜びも悲しみも怒りも寂しさも、立っているだけで全部痛いくらいに伝わってくる。

でも舞台挨拶では決して自分からは前に出ず、寡黙で謙虚でずっとにこにこしてて…「役所さんあなた…本当に三上さんやガミさん(孤狼の血)まで演った人なの…?」て首傾げちゃったもんね。

そしてたいきゃんこと仲野太賀くん演じる津乃田龍太郎!また最高仲野太賀を越えてしまったね…津乃田も三上と接するうちにその思いや関わり方、生き方までもがどんどん変わってゆくんだけど、その揺れ動きが絶妙すぎて。

たいきゃんはどの作品でも毎回「これは仲野太賀にしか出来ない」役ばかりでずるい!てなるんだけど、今回も非常にずるかったです。あと津乃田のルック、モデルが山下敦弘監督だったと知ってまんますぎて爆笑しました。まんますぎる。

西川監督作品のすごい所は、主人公の三上正夫を通して周りの人達を見ているうちに、普段自分は他者に対してどのような思いを抱いていてどのような視線を投げかけているか、また三上を含めて登場人物それぞれの立場として遭遇した作中場面を考えた時に自分ならどうするか、こういう事をすごい考えさせられる所なのよね。

特に今作では、三上と対峙する大人達と子供達の在り方の違いがめちゃくちゃ刺さってしまって。

大人になるにつれて失くしてしまったり、今の世間のように溢れる情報に上書きされたり、空気を読みすぎてひたすら他人に共感するという、ある意味強迫概念化されてしまいがちな個々の気持ちを、まだそういう過程を経ていない「子供」を登場させて描く、という表現に殴られたような気持ちになった。

映画を観ただけなのに自分の人生のフィードバックをされている気分になる、こういう作品にはめったに出会えないし、毎回気付かせてくれる、これこそすばらしき世界だなと思ったよね(以上、タイトルに着地)。

そんなこの「すばらしき世界」というタイトル、スクリーンでの出し方も完璧で、何故今作ではこのタイトルにしたか、そして何故このタイミングでタイトルを出したのか、その意味がわかった途端全身に電気が走るあの感じが凄まじかったので、是非劇場で体感してほしいです。
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