こたつむり

すばらしき世界のこたつむりのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.1
♪ そうさ
  時に誰かを傷つけても
  目を伏せたまま黙る僕がいるよ

濃密な作品でした。
鑑賞後に仰ぎたくなるのは空。
そこには何物にも縛られない世界。けれども、大地に立つ僕たちは手を伸ばすことしか出来なくて…何とも“やるせない気持ち”になりました。

主人公は、人生の大半を刑務所で過ごした男。
倫理や正義感を心に宿しながらも、頭に血が上れば何をしでかすか分からない…そんな爆弾のような元ヤクザ。演じたのは役所広司さん。

うん。彼の存在感あっての作品ですね。
紳士的なイメージが強い御方ですが、本作では見事なまでに短気で粗暴な輩を好演。親しみやすさと底が見えない怖さが混ざった人物にしか見えませんでした。

それを活かす西川美和監督も見事な限り。
全ての作品を観たわけではないのですが“皮肉的な切り口”の筆致が目立つ監督さんだと思っていましたが、本作では抑えめ。真正面からぶつかってくる筆致でした。

だからねえ。
思わず涙腺が弛むんですよねえ。
特に“一般的な人”の善意に打算がないのはズルいですよ。というか、物語の端々に潜むリアリズムがあるから、真っ白なものが真っ白に感じるんですけどね。

あと、物語中盤のサッカーで遊ぶ場面。
夕陽の欠片がキラキラと光った感じがして、とても切ない画に仕上がっていたのは…確実に見逃せない案件。あの空気をフィルムに収めただけでも「名監督」と呼んで差支えがないと思います。

それに役者さんも地味に豪華なんですが、長澤まさみさんを脇役に配し、そこに違和感を持たせないのは“興行収入よりも作品のクオリティを重視”しているからなのでしょう。マキタスポーツさんや、山田真穂さんがチョイ役で出ているのも思わず頬が弛みました。

いやぁ。
後から思い返すほどにジワッと旨味が増す物語ですね。欲を言えば、ラストは“カーテンが風に揺れる場面”で切り取っても良かったと思いますけど…まあ、この辺りは好みかな。

まあ、そんなわけで。
社会問題を詰め込みながらも、一人の“やるせない男”の人生を切り取ったドラマ。喜怒哀楽、様々な感情が揺さぶられる「西川美和監督の真骨頂」とも言える良作でした。
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