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プロミシング・ヤング・ウーマンのsomaddesignのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

キャリー・マリガン版ジョーカー誕生譚

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昼はカフェ店員として平凡な毎日を送るキャシー。だが夜毎バーで泥酔したフリをしては、女性を性のはけ口にしか見てない男どもに制裁を加えていた。そんなある日、キャシーが働くカフェに、小児科医となったハンサムな元クラスメートが訪れる。
Netflix「ザ・クラウン」のカミラ夫人役、「アンナ・カレーニナ」など俳優・脚本家としても活躍するエメラルド・フェネルの監督デビュー作。

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いやはや、面白いけどしんどい映画だった。
痛快な復讐劇を予想してたら、勧善懲悪とは程遠いモヤモヤする映画だった😓 入り口はスリラーでラブコメ風味もあって、語り口はダークコメディ。ジャンル分けするなら、サスペンススリラーなラブトラジコメディて感じだろか。全部盛り感がすげえ。
世代や立場、時代や体調などなど見るたびに感想が変わりそう。自分はキャシーの親世代の気分で見てしまって、有望な若者だった人たちの人生が狂ってく姿が辛かった。分かりやすく『悪い奴』が1人くらいしかいなくて、見る人に善悪の判断が委ねられてる。

「学生だった10年前は当たり前だったけど、今考えるとひどいことが許容されていた。性別関係なく自分の周りの人を見ても思い当たることが出てくる。それらを集団として許容してきた経緯を紐解いてみたかった」とは監督の弁。インタビューによれば「悪者はいないということは絶対に強調したかった。登場人物が過去に犯してきた過ちはいつの時代も繰り返されてきたこと。この映画の狙いは問いかけること。物語の根底にある疑問は“誰もが許容してきたのになぜバツが悪いのか”」と語ってた。

彼女に復讐される男女は無自覚に悪意に参加してたり、無実の傍観者のフリして周りで囃し立てる人も含まれてる。見て見ぬ振りしたり、乱暴される方にも問題があるってワケ知り顔する人含めて容赦しない。『若気の至り』って加害者側の言い分なのが浮き出てくる。自分の若気の至りを色々思い出しちゃって、映画見てて辛いのなんの。(法に触れるようなことはしてないけど)


キャシーが夜毎してる行為が人によっては理解が難しそう。自分には過去のトラウマを疑似体験して、出来なかったことをやり直すことで心の整理をしているように見えた。復讐が目的ってより、善人面の下に隠して下品な本性を暴く。なんとなく許されてきた悪事の醜悪さに光を当てる。

これまでの女性の復讐映画と違って、主人公が特別強いわけでもないし、固い意志に突き動かされてるわけでもない。迷うし揺れる。完璧さとは程遠い、平凡な女性の選択と行動の結果として結末を受け入れてるので、映画的なカタルシスは薄い。(大体あのあと裁判になったところで、大した罪にならなそう)

加害者側に悪いことした意識はあっても、罪悪感に苛まれたりしない。若気の至りと片付けてしまう保身も分かるし、過去に執着することなく前進して欲しいって親世代の言い分も良く分かる。キャシーの前にはいくつもの選択肢が用意されていて、全てを忘れてラブコメ映画に転じることだってできたハズ。安直に善悪を断じない(過去のアレは絶対に悪だけど)、起きてしまったことへの向き合い方の物語。贖罪や赦し・再生の物語のようでいて、チャラになることなんて一生ねぇぞバカ!一生後悔しやがれ!って映画でもあった。


序盤の制裁〜朝帰りシーンのケレン味。
女性の挑発的な腰振りダンスの代わりに、丸々太った男性の腰ふりから始まって、酒場で泥酔するキャシーに侮蔑の視線を送る男たち。嫌悪感が興味に代わって、次第に好意にすり替わる。「ダークナイト」オマージュな車中シーンがあって、この物語のジョーカーが誰か示される。翌朝、裸足でアスファルトを歩く足元から徐々にカメラが上に移動して、赤く滴る腕。血塗られた拳かと思ったら、ケチャップ滴るホットドッグを頬張るキャシー。ホットドッグは男性の暗喩だと思うし、彼女が前夜何をしたのか匂わせる。で、タイトル。8bit風のアバンタイトルは彼女がゲーム感覚でこの行為をしてることを描いてるし、陰惨な復讐劇じゃなくて、ポップな現代の物語であることを教えてくれた。サイコーにカッコいいOP。「映画の導入部」選手権があるならばグランプリじゃなかろうか(ベイビー・ドライバーと肩を並べるくらい)

主人公キャシーことキャリー・マリガンの怪物っぷり光る。か弱く受け身な守られる女性役が多かった一方、「ゲティ家の身代金」以降どんな強い相手にも立ち向かう勇気と熱意の女性役も増えてきた。今作だと使命に燃える特別な強い女性じゃなくて、特別な事情のせいで人生が狂ってしまった(将来有望だったはずの)女性。普通と狂気の間で揺れ動き、自分の中の正論と感情に振り回される姿が透けて見えて良かった。

新恋人ライアンを演じたボー・バーナム。見覚えある名前と顔で「誰だっけなー。軽薄そうだけど愉快ないい奴ぽい」と思って、あとで調べたら「エイス・グレード」の監督さんだ! 役者さんとしても朴訥とした無垢な好青年を好演してて良かった。純粋無垢・無知であることが終盤ああいう生かされ方しようとは。唾入りコーヒーをゴクゴク飲んじゃうあたり、終盤への伏線だった気もする。

キャシーの父ことクランシー・ブラウン。古くは「ショーシャンクの空に」のガチムチ看守役で馴染み深い。最近だと「デトロイト・ビカム・ヒューマン」の相棒ハンクとして俺にお馴染み。捨て犬みたいな悲しい目が印象的で、哀愁漂う父親役がハマる。娘への深い愛情と心配の一方、理解できない娘に戸惑ってもいる。
一方の母ジェニファー・クーリッジ。童貞青春映画の名作「アメリカン・パイ」でスティフラーが惚れ込むムンムンな人妻熟女を熱演。一般にmilf(Mother I'd Like to Fu*k)を浸透させたことでも有名。今作だと親世代の価値観でしか娘の幸せを測れず、自立できない娘を心配しつつ苛立ちもする。どこの国でもおかんはデリカシーに欠ける踏み込みをしてくるものらしい。

あの夫婦の馴れ初めや若い頃を想像するだけでもちょっと楽しい。地元の高校〜大学で運動部のスターとチアリーダーとか。プロムでキングとクイーンに選ばれた二人がそのまま結婚した感じ。インテリアのセンスとかちょっと古くて、ちょっとだけ豪華。昔のアメリカンホームコメディの幸福な家庭のテンプレをなぞったみたい。
エメラルド・フェネル監督自身もカメオ出演してるそうだけど、見つけられなかったな。

キャシーが少女時代を過ごしたであろう2000年代のヒット曲がたくさん。不穏なアレンジの「TOXIC」が最高のタイミングでかかる。あんなにおっかねえ曲だったんだな。ブリトニーのPVも企み事だったし、あのタイミングであの選曲のセンスすげえ。ブリトニーもまた人生をオモチャにされた人だし、なんだかもう幾重にも意味づけが重なって、数え役満みたいな強シーン。


キャシーが夜毎振り下ろしてる鉄槌が比較的優しい。キスやボディタッチがあったり、いろんなトコ見たり弄られたりしてるので、なんかこう…制裁になってない。マジの悪い人を相手にするわけじゃなくて、善人ヅラの皮を剥ぐのが目的なのかもしれない。久しぶりに見たクリストファー・ミンツ・プラッセが元気そうで良かった。今だに童貞キャラやれるのもすごいし、屁理屈INCELキャラが超面白かった。「自称・小説家。大傑作を頭の中で執筆中」ってたまに日本の飲み屋でもいるけど、洋の東西を問わずヤベエ奴扱いなんだな。そりゃそうか。


41本目
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