宇毘友鵶

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実の宇毘友鵶のネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

 三島作品が大好きだからオタク特有の長文をかましてしまったのでネタバレで。

 認識に対する行動の実践として全共闘は討論という形式を用いたが、それ自身が全共闘(というか芥氏)の論ずるところである解放区を言葉によって定義する事であり、学生運動という行動を通じていくら活動したとしてもかれら学生たちの実現しようとしたものが結局のところ具体的な形態を伴うものでなく、頭の中にしか存在しない観念論を弄んだ理想でしかない。三島はそのことを学生の論点・視座を尊重しながら、自身の信奉する惟神の国体(三島の理想の上での「日本国家」、巨大で歴史的持続性のある主体と自己との合一)への希求を通じた対話の中で顕らかにしていたんだなと思った(小並感)

 映画というかドキュメンタリーやねこれは。東大全共闘との討論に関する映像記録としてはとてもいいんじゃない。
 当時の超絶インテリの左翼の人たちがどう理想と迎合したかに興味あったけど、映画の中でそれもきっちりインタビューしてて、ぶっちゃけ大体「俺の中では負けてねえ」みたいな論に終始してる。これに関してはまあこんなもんかと(聞けて良かったってのはあるけど)正味ちょっと失望した。しょせん理想を語ろうと現実的な生活ってのは小島政二郎が『眼中の人』で言ってたみたいに否応無くのしかかってくるわけで、その中で苦しみながらも行動を起こし、理想の中に死んだ三島はやっぱり賢しらに生き延びてジジイになった人たちに比べて馬鹿だが潔く愛おしく格好いい。
 現代日本人全員に三島みたいになれとは言わないけど、ああいった純粋な人が一人もいない世の中は健全じゃないと思う。
 或いは左翼も右翼も馬鹿も利口も何もない、灰色で行儀良くて中庸で過度に複雑化した世界よりは、左翼学生のいうようになんの権威も規制もない無政府状態の原始共産制じみた世界を作って国産みからもっかいやり直した方が良かったかもわからんね。そしたら素朴な絶対善とでもいうべき権威も共産主義革命も同時に達成できるし、社会システムも単純になるし。
 もうこれ以上無いってほど一般男性である吾人としてはそんな社会システムの変革なんてことやってられるほど暇じゃ無いから、たまにこういう映画を観て言葉を行動とするしかない。しかしその言葉もまたあまりに多く増えすぎては、その魔力を喪ってしまう。この文みたいに……
宇毘友鵶

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