明石です

事故物件 恐い間取りの明石ですのレビュー・感想・評価

事故物件 恐い間取り(2020年製作の映画)
3.6
売れない芸人が、TV番組の企画で、事故物件を何軒もハシゴし住むことになる話。原作者の”事故物件住みます芸人”松原タニシ氏は、熱烈なファンというほどでないものの、OKOWAや怪談最恐戦で何度かお話を拝聴したことがあるので、彼の怪談が面白いことは了解済み。そこへきてこの滅茶苦茶に評価の低い映画化、何がそんなにマズいのかとおっかなびっくりに鑑賞した。

予想に反して、意外と悪くない作品でした。ここでの評価は散々みたいですが、『インシテミル』や『クロユリ団地』など、本当に観てはいけないレベルの、法で裁かれないのが不思議なくらい最低な映画を世に放ちつづけてきた、いまだに「リングの」という冠詞が頭にかぶさる中田秀夫監督の作品の中ではそこそこ当たりの部類だと思う。終盤の15分をのぞいては、、

まずこの映画は、お笑いに挫折した芸人が、事故物件とかかわることで売れていくサクセスストーリーであり、その反面、事故物件のおかげで人生を狂わせられる悪夢でもある。コンビを解消し、事故物件に住み始めるまでのオープニングは、青春!という感じで全然悪くない。ホラー映画にそういうのは要らないという人もいるけど、私は、ホラー映画にこそ、こういう何気ない日常の描写は必要だと思う。そのオープニングの直後、流れるように「事故物件:一軒目」とテロップが入るのにもワクワクしたし、実際に、物語の筋立ても事故物件ツアーみたいになってて斬新でした。唯一のファンだった女の子と知り合い、事故物件を通じて仲を深め、また、解散した元相方との友情も温め直していく展開も、そもそもホラー映画にそこまでのドラマが必要かというのはさておいて、良い映画、、感が漂ってて好き。一個のドラマとして全然悪くない。

亀梨和也のやさぐれ感が意外とイケる。こんなに地味になれるんだ、というプラスの意味で。多分意識して似せてるんだろうけど、松原タニシの面影がないでもない笑。そして何といっても、プロデューサー役の木下氏の演技が素晴らしい。テレビ業界に限らず、本当にすぐ近くにいそうなこのちょうど良い関西人感に、物凄く安心して見れる(この人の存在感で最後まで観れたまである)。やや力の入った演じすぎ感のある仮面ライダー俳優、瀬戸康史と、顔芸が凄い朝ドラヒロイン、それから、意識して抜け感を出したであろう亀梨和也の間に立って、この木下氏が中和してる感じ。個々の映画に、サッカーの試合でいうMOMみたいなのがあるとしたら、本作では間違いなくこの人だと思う。いろんな映画にひっぱりだこなわけですね。

とはいえ、映画としては見過ごせないレベルの粗もかなりある。演出は野放図であっけらかんとしている、と言えば聞こえはいいけど、正直にいえば、直線的でやや白々しい。たとえば冒頭のお笑いのシーン。亀梨と仮面ライダーがネタを披露すると、まるで地蔵でも前にしてるかのように全く受けず、次に出てくるコンビのネタは大ウケ。この時の、主人公たちのネタは過度に面白くなく、観客の反応も過度に無。そのあとのコンビへの観客の反応は(別に面白いネタでもないのに)過度にウケてる。そして劇場を出ると、主人公たちを押しのけ、後者のコンビにファンが群がる。直後に亀梨と仮面ライダーはお笑いの道を断念。このあたりの演出が「いかにも」という感じでわざとらしく、映画というよりは大学生が三日くらいでこしらえた寸劇を見せられてるみたい。この冒頭のシーン以外にも本作は全体的に演出がユルく、一例を挙げると、亀梨が部屋の敷居につまずいてヒロインの女の子を押し倒し、あわやキスしそうになるという、ベタというのもはばかられる、少女漫画も真っ青な恋愛シーンがあったりする。観客を舐めているのか、あるいは映画を舐めているのか、この程度でいいと思ってるのが何より残念。人間の感情はそんな図式的じゃないし、そんな都合よくコトが起こるなんて現実世界ではあり得ない。序盤からこんな具合だと、見る気が失せる人が大勢いるのも無理はないと思う。私のように訓練された勇者(観はじめた映画を途中で辞めるのが面倒なだけ)は観続けるのかもだけど、ああ鑑賞者を舐めてるなあという作り手の態度は早くも伝わってしまってる。

一言でいえば、意識が低い、というのが一番の問題なのだと思う。そもそもの始まりから、そこそこの落としどころを目指して作られてるというか、まあこれくらいでいいよね感が画面からにじみ出ている。結局のところ、映画を評価するのは観る側なわけだけど、それでも、作り手がこの程度でいいと手打ちにした映画には、観る側も、その程度の評価しか下せないというのは、作り手はみんな肝に銘じておかなきゃいけないと私は思う。人間は集合的にはそこそこ賢いので、早い話、作り手が60点だと思って世に出したものが、60点以上に評価されることは絶対にない。60点が天井ということは、60点満点の評価をする人はごくごく稀で、だいたいが20点とか30点くらいの評価にしかならない。全ての映画がカンヌを目指すべきだとはまったく思わないけど、それでも、このあたりで手打ちにしとこう、感が出てると、観る方のテンションも下がるよなあとは思う。まさかホラー映画を観て、ホラーシーン以前のところがこうも気になるとは。

ホラー描写に関しては全然悪くないどころか、けっこう良い。ただそれも最後の15分をのぞいての話で、終盤で全部台無し。この映画を作った人(俳優陣は除く)は、本作のオリジナルをなしてる「怪談」に一切リスペクトがないんだろうなと、終盤のシーンを見て思い知らされた。1怪談ファンとして思うのは、そもそも怪談というのは想像力に訴えかけるからこそ怖いのであって、映像化は、生半可な態度ではやってはいけないものだと思う。もし怪談とホラーに親和性があったなら、Jホラーは稲川淳二の映像化作品で溢れていたはず。じっとり怖いをガッツリ怖いに書き換えようとする試みはそもそもがボタンのかけ違いで、もはや哲学がないことがバレてしまった中田監督も、『仄暗い水の底から』の時みたいに想像力に訴えかける演出に徹していれば、原作の良さも生かせただろうに。タニシ氏のあれほど上質な怪談が、なぜこれほど低質なホラー描写に成り下がっているのかといえば、どんな材料を手にしても、自分自身のお定まりの文法にしか落とし込めない監督の頭の固さにあるのだと確信した。

劇中の1件目、2件目、3件目の物件の話に関しては、松原タニシ氏の持ちネタで、何度か聞いたことがあるのですが、怪談好きなら誰もが知っている、幽霊が直接人間に危害を加えることは絶対にないという鉄則を守りつつ、嫌〜な怖さを醸し出されていて、とても良い。しかし問題はやはりラストの4件目。幽霊が次から次へと妖怪大戦争みたいに出てきて主人公たちを殺しにかかるのは最低としか言いようがなく、この節操のなさが、作品の評価を底なし沼に突き落としたみたいに落としてるんだろうなと容易に想像がつく。途中までは、粗を補って余りあるくらい良い映画だと思ったのに、終盤の霊とのバトルで全部台無し。とりあえずパワー系の幽霊を出して超常現象を起こしまくるという(現実世界では起こり得ない)禁忌を犯さずにどう映像化するかにホラー映画の出来はかかっている、というのを、おそらくはこの映画を観る人のほとんどが気づいているはずが、肝心の作り手だけが気づいてない。中田監督はホラー映画を撮る前に、何を人を怖がらせるのか、反対に、何を観せられると冷めるのかを、怪談やらホラー小説やらあるいはホラーゲームやらで学んだ方がいいんじゃないかと真剣に思う。

この監督(もちろん脚本家も)は、他の映画を見てても思うのだけど、ホラー映画だからといって、リアリティを度外視していいと思い込んでる。恐怖を売りにするものはどんな媒体であれ、恐怖シーンそのものと同じくらい現実との接点が大事だという当たり前のことを、ホラー映画にかかずらっているうちに忘れてしまったのだとしたら、残念なことです。私がこ本作の演出をなぜこれほど酷評しているかというと、このような映画を平気で作る監督がいまだにJホラーの巨匠的な地位に居座っているからです。キャリアの初期にヒットを飛ばした後、その貯金を早々と切り崩した中田監督。ハリウッドなら軽く5回くらい追放されているであろうこの人が、いまだJホラーのトップにいるのは、まさに追放されないでいるからなのではとさえ思う。少なくとも『クロユリ団地』あたりで首を切って、修行を積んで帰ってきてもらった方がよかったのでは。Jホラーが彼をいつまでも重鎮扱いしつづけた皺寄せが、この映画の終盤にぎゅっと凝縮されてる(まさに『クロユリ団地』と同じ失敗をくり返してるし)。原作はベストセラーで、俳優陣も力のある人たちが揃ってる。そんな映画が、いまだ過去の栄光の残り滓にしがみついて何も前進していない監督の手に渡るのが、Jホラーファンとして残念でならないのです。

最後に、俳優陣の演技力を生かしたヒューマンドラマとして組み立ててるのは(賛否両論あると思うけど)けっこう好きでした。コンビ時代に唯一のファンだった女の子が霊感の持ち主で、つかず離れずの関係を続けていたら、終盤で「ヤマメさんが本当にやりたかったのは、人を笑わせることじゃないんですか」と土手っ腹にストレートを撃ち込んでくるシーンがわりと真剣に心にくる笑。お笑いの王道から離れてオカルト界隈で活動されてる芸人さんの多くが、一度は必ず葛藤することなのでは、と思いとてもリアルに感じた。

監督と脚本家が絶望的なアイデア不足という不知の病を抱え、あまつさえ原作へのリスペクトまで欠いている中、力を合わせ埋め合わせをした俳優陣の姿に果てしなく好感を抱いた、というのが本作の総評になりそう。私にとっては『ヒメアノ〜ル』がそうだったように、その映画に出ている俳優さんを全員を好きになるホラー系作品というのがたまにあって、これはまさにそんな一作でした。亀梨和也も木下ほうかも仮面ライダーも、あと名前を覚えられなくてごめんだけど朝ドラっぽいヒロインの女の子も、全員好きになった。演出やシナリオが臭すぎるからこそ、それを本気で演じ、ちゃんと観れる(少なくとも私は観れた)映画に仕上げた俳優さんたちへのリスペクトが止まない。この人たちの、ちゃんとした、といって悪ければ、シナリオを丁寧に練られた、演出にも手を抜かれていない映画をもっと観たい。願わくばまたホラー作品で。
明石です

明石です