Kuuta

なぜ君は総理大臣になれないのかのKuutaのレビュー・感想・評価

3.8
行き場を失くした「民主党の中道」

立憲民主党の香川1区・小川淳也議員を初出馬から現在まで17年に渡って追いかけたドキュメンタリー。

映画のベースとなるのは、高い志と共に政界入りした小川議員の挫折と苦悩。

熱意に満ちていた彼が、迷いながら議員としてもがく現状が冒頭で語られる。「社会人もの」的な、理念を貫くべきか、会社を優先して出世しながら現実を変えていくべきか…といった葛藤が描かれている。

両親から「向いてないのでは」と言われ、本人も当初の自信を失いながら、「でもやるんだ」と。全体としては手堅い構成。野党議員だからか、政権や政治の最先端というよりは選挙の話題が多いのは仕方ないか。

今作の魅力は、これと同時に色んな要素が楽しめる点にある。

▽家族のドキュメンタリー
息子の苦しみを見守りながら老いていく両親。心身の疲れなのか、明らかに容姿が変わっていく奥さんと、みるみる成長する娘2人。彼らの変化を追うだけでも見応え十分だ。

今作、一番泣けたのが小川議員ではなく、応援演説に立った慶大教授の言葉だったのがちょっと残念だったが、このシーンはすごい。「何故彼がこんな悲壮感のある顔をしなければならないのか」。怒りを込めた叫びに家族が、支援者が涙する。

「政治家にはなりたくない」と口をそろえる長女、次女だが、父の姿はちゃんと見ているし、確実に志は伝わっている。ロッキーからクリードへの継承を連想してしまうくらい、胸が熱くなるシーンだった。

▽選挙ドキュメンタリー
映画の後半は、希望と立民で分裂した2017年衆院選に力点が置かれる。ギリギリの利益分配、党益の調整の中で、色んな要素(報道、希望の党への逆風、投票日の台風…)が絡んで投票結果に繋がる、選挙の難しさと面白さが詰まっている。ここは、彼が何者かという文脈を離れて、単純な選挙ドキュメンタリーとして面白かった。

▽民主党崩壊の10年間
彼は前原氏の右腕として希望へ移ったものの、リベラル寄りの支持者からは裏切者扱い。枝野氏が左翼のヒーローと化す中、「無所属にすべきだったか」と葛藤を口にする。

(こうした後悔は小川議員に限った話ではなく、当時希望へ移った旧民進党議員のあるあるネタだろう)

彼は前原氏ほど右ではなく、枝野氏ほど左ではない。民主党の中道で仲介役を果たすべき立場だったと、自身で分析している。そんな彼が立ち位置を失い、苦しんでいる。ここに、政権交代後に全く立て直しが出来なかった民主党、分裂を繰り返し、安倍政権の長期化を許したリベラルのダメさがストレートに現れているように思える。

なぜ総理大臣になれないのか。私はその答えは、田崎史郎氏との飲み会のやり取りで出ていると思った。

安倍政権は政策に中身はないが、政権運営、オペレーションは完璧。ネトウヨから中道右派まで、ゆるく支持をまとめている…という小川議員の分析。それに対して田崎氏は、対抗勢力としての民主党のオペレーション能力の低さを指摘する。小川議員はそこは認めざるを得ない。

彼の所属政党は、政権与党として働く力を持っていない。これに尽きる。政策通で実直だが、世渡り下手な小川議員は、民主党のフラフラの煽りをもろに喰らって、志半ばで悩んでいる。そんな彼を追ったこの映画は、民主党崩壊の10年を一議員の視点から記録する事に成功しているのではないだろうか。

選挙事務所に貼られた支援者向けのポスター。希望に移っても「私は変わらない」と訴えている。ただ、そこに載った言葉や写真は、白黒で統一されている。何の色を纏うことも許されず、がんじがらめになった姿が印象的だった。76点。
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