阪本嘉一好子

1982(原題)の阪本嘉一好子のレビュー・感想・評価

1982(原題)(2019年製作の映画)
4.8
この映画の緊張感は半端ではない。1982年、イスラエルのレバノンへの侵入だ。しかし、このストーリーはそれだけでなく、徐々に戦争の勢いはベイルートに迫って来てる。そして、ベイルートの郊外の山間にあるクエーカー?の学校の一日に起きたこと。戦火はベイルートに大打撃を与える。その日の市街地爆撃までの人間模様を描き出している学校での作品だ。

この映画はウアリット・ムアネス監督(Oualid Mouaness)の子供の頃の体験をもとにしたらしい。そして、この監督の広範囲における才能には脱帽。調べてみたが、監督、作家、プロデューサー、大学教授......リベリア生まれで、レバノンと行き来をしていたらしく、今はロサンジェルスとレバノンを行き来していると。デビット・ボウイなどのミュージックビデオをプロデュースしていると。映像が綺麗で明るく見せている。映像の美しさとは正反対である戦争という悲惨さ。それに映画の構成も好きだ。学校の教員や職員の聞こうとするラジオで、イスラエル軍が北上して、ベイルートに近づいてくるのがわかるし、それに、鳩の動きも、子供たちも直感で何かが起きること感じ取っていて、それらをうまく物語っている。子供たちは子供たちの世界で、大人は大人たちの世界で構成されているが、映画の最後には一つに、つまり、ベイルート市街地が戦火に巻き込まれているのを見つめる子供と大人となっている。

この映画は東ベイルートの学校で始まるテストの日を教職員の見解と5年生のウィサム(モハマッド・ダリ)と級友たちとの見解で描かれたものだ。学校の上空から聞こえる爆音はソニック爆音だったりするが、ああ、どこかで何かが起こってるねと思える程度に最初は描かれている。そんなところから始まって、人間模様が危機感・パニックを含めて最高潮に達して、子供・大人たちが一つの戦争の始まりの悲劇を丘の上から見つめるという形で終わる。

また、当時のベイルートだからかは知らないが、学校は東ベイルート(クリスチャン地域)にあってモスリムとクリスチャンなどが一緒に通っている。それに高校まで男女共学という環境で、仏語、英語、アラビア語を使える環境は珍しく思える。

主人公ウィサムは西ベイルートから(イスラム教が大半を占める地域)の級友の女の子ジョアンナ(ジア・マディ)が好きである。ウィサムはジョアンナに愛の告白を直接したくて、鏡の前で、『Joana, I love you. Joana, I love you.』の練習をしている。現実的な友達マジッド(ガッサン・マールフ)は『ここはアメリカじゃないよ。それに、映画じゃないんだから』と。そして、マジットの助言により、彼女のロッカーに、絵手紙(スーパーヒーロー、ティグロンを描いて)を忍ばせる。ジョアンナと彼女の友達は手紙の出所を気にし始める。
それに、兄に「Are you crazy!』と言われても、ジョアンナに会いにチェックポイントを超えて西ベールートに入っていきたい。ウィサムは何も恐れるものはない。愛があればという純粋な気持ちでいる。


恋人だが、政治的見解の違いで、鑽が外れてしまっている二人の教師( ナディーン・ラバキとロドリグ・スレイマン)。イスラエルが侵入してきてサイダ(シドン)を攻撃し始め、北上していることをラジオニュースで知る。その情報をより掴もうとラジオに傾聴する男教師と何が起こっているか現実を認識しない(したくない)女教師。子供達にも戦況を隠そうとする女教師。私だったら、親とすぐ連絡をとり、早めに生徒を退去させるなと思ったが、この判断は結論的には正しくなかった。

シリア軍とイスラエル軍はベイルート上空で戦闘開始を。それを教室から見上げる生徒に教師。校長の判断を失いそうになる揺れた態度。秘書の電話切断により親との連絡が途絶え、慌てふためいている姿。質のいいスリラー映画だ。