幽斎

ブロー・ザ・マン・ダウン~女たちの協定~の幽斎のレビュー・感想・評価

4.4
年間ベスト級のクライム・スリラーが劇場未公開なのは、映画館が休業に追い込まれた時期と重なる。緊急事態宣言、今では懐かしい響きだがウイズ・コロナの救いは、オリジナル作品を配信で観れる事。LiLiCoさん、京都でお会いした事有るけど、王様のブランチだけが映画じゃない(笑)。AmazonPrimeVideoで鑑賞。

メイン州は最北東部に位置する、岩場の多い海岸で有名。港町イースター・コーヴが本作の舞台。Morgan SaylorとSophie Loweの姉妹は母親の死に直面、不安な将来と向き合ってた。ある日危ない男と揉め事に巻き込まれ、自分達の犯した罪を隠す為、姉妹は場当たり的な行動に出るが、それが思わぬ形で町の暗部を曝け出す事に為る・・・。

プロットは誰が見てもクライム・スリラーの傑作「ファーゴ」ですが、緻密な脚本とウイットに富んだ演出で本作の評価は北米でも頗る高い。Secret Engineと言う中小企業のインディーズ作品だが、Morgan Saylorは「ダレン・シャン」長編デビュー、「ホワイト・ガール」で主演を務める等、確実にキャリアを重ねてる。Sophie Loweは「エージェント・スミス」等、オーストラリアの注目株。脇を固めるのがJune Squibb、Margo Martindale、そしてAnnette O'Toole。本作の主役はスリラーなのに「おばちゃん」。此処にミステリーで言うピボットが有る。

秀逸な脚本を書き上げたBridget Savage Cole(美人)とDanielle Krudy(美人)の女性監督。長編映画デビューですが、彼女達のシナリオを応援したのがレビュー済「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」。代表作「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」プロデューサーAlbert Berger。彼の伝手でトライベッカ映画祭でプレミア上映されると、作品は辛口の評論家から絶賛され、Amazonスタジオが全世界の配信権を独占。アマゾンは北米でもNetflixの様にガンガンCMを出す訳では無いが、多くの良心的な映画ファンの心を射止めた。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

「ファーゴ」に似てる理由は「不謹慎な笑い」。本作の様なテイストをミステリー小説ではUnscrupulous、アンスクリューピュラスと言いますが、女性が主体なので殺人動機も衝動的、普通なら正当防衛もアリな展開。本作の場合は港町を強調するが如く、クジラを刺すような銛が凶器に使われるが、煉瓦で追撃する事で自ら正当防衛のチャンスを放棄する。ロジック的にはScrewball(野球では無い)と言える。

女性監督らしいのは「社会に対する自信の無さ」を、センテンスで保ちつつ、笑いへと転換する優れた着想に有る。Jason Momoa顔負けの豪快な殺人を披露する一方で(笑)、人生が詰んでる展開なのに、何故かゆとり世代の様な行動特性が、他の作品には無いアトモスフィアに包まれる。「そりやぁ、人を殺したらこう為っちゃうよね」ハイライトと言うべき死体の隠蔽工作も「相棒」や「科捜研の女」の方が遥かに手際が良い位に下手糞。其処に女性らしい「共感性」をブレンド。男性がクレソンの様に添え物、と言うのもスリラーでは異例中の異例。

「てんやわんや殺人事件」ほっこりすると誰でも思う。稚拙な隠蔽工作で死体はアッサリ見付かる。警察官との実況見分なんて、此処でエンドロールでも何の不思議も無い位に「終わってる」。此処でも細かいギャグが炸裂するが、冒頭から観ればカンの良い人なら気付く通り、殺人事件は別の殺人事件の様相を見せる。つまり死体は姉妹が殺した人物とは別人。私は予見できたが、雰囲気で煙に巻かれた方は、軽く驚くのだろう。

「主人公が主役とは限らない」「主役が始めから登場するとは限らない」これはミステリーの常識ですが、秀逸なのは素人目にはそんな展開など、微塵も感じさせない緻密に計算された伏線と、裏の主人公、通称Backdoorの存在。不謹慎な笑いは煙幕に過ぎず、表の主人公の姉妹と見事にクロスオーバー。インタビューを見ると演出はBridget Savage Cole、脚本はDanielle Krudyがリードの様だが、ダイレクトな相対が無くとも、ユーモアとスリラーが見事にシンクロナイズして物語は終わる。ラストの真意は観客に委ねられる・・・。

【ネタバレ】異例な2度目、ダメだよスリラーは自分で考えなきゃ(笑)【閲覧注意!】

本作が「てんやわんや殺人事件」じゃなくて「おばちゃん殺人事件」。と思った方は、もう一度やり直し!。そんな簡単な答えな訳が無い。本作の舞台をもう一度よく考えて欲しい。原題に答えが隠されてるが、ソレは「港町」。カギと為るのは「売春宿」。私は京都人なので神戸や横浜の歴史に疎いですが、本編の台詞を聞く限りでは、港に着いた男達が町の女性達をレイプする。風紀も治安も悪くなったと思われるが、其処で「合法的に」女性が買える売春宿が誕生した。

町の経済を考えれば水兵や船乗りは貴重な財源。町全体が暴力に支配される事を避ける為に、そして女性の地位を確保する為に売春宿は「非公認」として認知された。女性達の苦渋の境遇を2人の女性監督は見事に忍ばせた。女性達は横の繋がりで自分達を守っていた。しかし、日本のソープランドが斜陽(風俗を卑下する意図はない)、この町の売春宿も役割を終えようとしてる。売春宿の経営者も、負の人生を背負わされてる。だからこそ、殺人犯の姉妹は希望の「光」なのだ。

秀逸なのは決してセックスワーカーを否定しない件。今現在、日本のAVは立憲民主党の自己満足のバカ議員の法案で多くの女優達が困窮に喘いでる。プロダクションが運営する正規AVではなく、同人AVと言う素人集団が撮影し勝手にネットで売り捌く。性産業を古い価値観と否定せず、だからこそ未来は変えられると、鮮やかにフェミニズムの世代交代を描いた。ローカル・ノワールと言う珍しいカテゴリー。だからこそ観る価値も有るのだ。

「Blow the Man Down」シーシャンティ、船乗りの歌。価値観は何時でも変えられる。
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