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マグノリアのnetfilmsのレビュー・感想・評価

マグノリア(1999年製作の映画)
4.3
 『ブギーナイツ』と同じL.A.郊外のサンフェルナンド・ヴァレー。降水確率90%の曇り空のある日、人気クイズ番組『チビっ子と勝負』の初代プロデューサーだったアール・パートリッジ(ジェイソン・ロバーズ)の命は終わろうとしていた。献身的な看護人のフィル(フィリップ・シーモア・ホフマン)に見守られながら、両鼻に管を通された男は生気のない声で彼に2,3呟く。後妻となった3回りほど年下のリンダ(ジュリアン・ムーア)は病床の夫の姿に酷く取り乱している。一方その頃、番組の名司会者として活躍を続けていたジミー・ゲイター(フィリップ・ベイカー・ホール)も皮肉にも骨癌に苦しみ、余命2ヶ月を宣告されている。彼を憎んで家出した娘クローディア(メローラ・ウォルターズ)を心配し、彼女の元を訪ねるがドアを開けて出て来たのはトランクス姿の男。唖然とした父親は愛人の招きでベッドルームへ入るが、クローディアにけんもほろろで追い返される。その頃、生真面目な独身警官ジム(ジョン・C・ライリー)は住民の通報を得て、黒人女性の家へ捜査に入る。そこでクローゼットから見つけたのは先ほどまで口論をしていた旦那の死体だった。幸先の良い結果に気を良くしたジムは続いて、大音量でROCKを垂れ流しながら、コカインを鼻ですするクローディア宅に踏み込む。日暮れと共に雨が降り出した頃。人気番組『チビっ子と勝負』がスタートする。目下天才少年として評判をとるスタンリー(ジェレミー・ブラックマン)は父リック・スペクター(マイケル・ボーウェン)から授業には出ないでいいと言われており、図書館でずっと本を読み、知識を吸収していた。

 今作はいわゆるグランド・ホテル形式の物語だと言われているが、厳密には趣を異にする。本来のグランド・ホテル形式の目的は1つの場所に集合した人間たちがある限定された空間に集結し、物語がスタートするが、今作の物語は一見何の関係性も見えない十数人の人間たちが不思議な因果で結ばれていく様を描く。通常のグランド・ホテル形式が主役を筆頭にして、準主役、脇役、端役とピラミッド形式で積み上げられるのに対し、今作ではいったい誰が主役なのかも明らかにされない。それでも便宜上の役者たちの序列においてはおそらくフランク・T・J・マッキー(トム・クルーズ)が主役なのだと察せられるが、PTAの演出は明らかに彼を主人公として描かない。「誘惑してねじ伏せろ」とされる怪しげなナンパ教団の教祖を演じるフランクの姿はまさにPTA作品にたびたび登場せざるを得なかった薄皮1枚のメッキでイミテーションされた模造品のような男に他ならない。『ハードエイト』の天才ギャンブラーであるシドニー・ブラウン(フィリップ・ベイカー・ホール)や『ブギーナイツ』における自称凄腕ポルノ監督であるジャック・ホーナー(バート・レイノルズ)のようにしばし大衆を釘付けにし、妙な説得力で説き伏せる男たちはしばしば誰かのタレコミによりその薄皮1枚のメッキが剥がれ落ちる。その詰め込み型で入り組んだ群衆描写はロバート・アルトマンを彷彿とさせる。

 フィルに向けたアール・パートリッジの生前最後の告白、現実を受け入れられない裕福な夫人の薬物汚染、ジミー・ゲイターの余命2ヶ月、スタンリーのお漏らし、クローディアの薬物中毒、フランク・T・J・マッキーの経歴詐称が明らかになり、彼らは皆「Fucked Up Situation」(マズイ状況)に追い込まれる。フランクとクローディアは一貫して父性の不在を抱えており、それが原因で極端な妄執に陥っている。そして彼らの父であるはずのアール・パートリッジもジミー・ゲイターも彼らの優れた父親たり得なかったことに対し、深い贖罪の念を抱えている。警官ジムが大雨の中自らの命の次に大事なピストルを見失う姿は、去勢された現代アメリカを暗喩する。これまでのPTA映画では開巻早々から右肩上がりで巨大な成長を続けるものの、ちょうど折り返し地点を過ぎたあたりから緩やかな下降が始まったが、今作は入り組んだ人物構造のせいで登場人物十数名がほぼ開始早々から、恐るべきマズイ状況(Fucked Up Situation)に追い込まれる。ショットの性急さに対し、真綿で首を締め上げるような息苦しい演出が実に巧みで神経症的である。その中で一見何の関係性がないように見えた登場人物が大雨の夜、一つの歌を歌い継いで行く中盤のミュージカル・シーンの筆舌に尽くし難い美しさ、そしてクライマックスのある仕掛けには当時スクリーンで観て衝撃を受けた。フランクの描写は、トム・クルーズの新興カルト宗教「サイエントロジー」入信と無縁ではないだろう。前半ブリーフ1枚でバットマンになった気分だと言い放った人物が、病床で怒りと深い悲しみとを同時に抱えながら憎き父親を看取るトム・クルーズの複雑な表情の中にこそ、現代アメリカの病理が深く滲む。
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