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茄子 アンダルシアの夏のKuutaのレビュー・感想・評価

茄子 アンダルシアの夏(2003年製作の映画)
4.0
いやー、今更ながらよく出来た作品。もっと評価されるべき。

「若おかみは小学生!」の高坂希太郎監督作品。風立ちぬや耳をすませばの作画監督など、長年ジブリに関わってきたベテラン。自身も自転車好きであると同時に「水曜どうでしょう」の大ファンで、今作の声優に大泉洋、次作で藤村Dと嬉野君を起用している。

公私2つの側面から話が進む。主人公ぺぺは好きな女性を兄に取られ、故郷を離れたがっている。兄の結婚式当日、悔しさを胸に突っ走る。兄は女性と結ばれたが、ぺぺのようにロードレーサーにはなれなかった。地元に残っている友人のフランキーは、外の世界につながるテレビを用意することしかできないが、その中でぺぺが活躍してくれる。

一方で公的には、ぺぺはチームのエースでは無くアシスト役に過ぎない。スポンサーのベルギーのビール会社(故郷からの離脱の象徴)から首になりかけており、地元ステージで意地を見せようとする(「プロとして仕事する」という言葉が何度も出てくる)。

47分と短い作品だが、レースとドラマ、2つの側面が入り混じる話運びに無駄がない。
ぺぺは図らずも先行逃げきり型の孤独なレースを走ることになる。当然色んな感情が渦巻いているはずだが、この間モノローグがほとんどなく、他のキャラクターの場面との繋ぎで心中を察するような作りになっている。ベタベタした説明の少ない、異国情緒あふれる男のドラマ。どこか「紅の豚」を連想した。

アンダルシアの乾ききった空気と強風、灼熱の太陽。空撮のようなリアルな見せ方や場面ごとにアニメ的にデフォルメされた表情。自転車1つ1つの描写、逃げ集団とメイン集団の、刻々と変化するレースの再現も素晴らしい。

私もそこまでロードレース詳しいわけではないが、中継はやってるとついつい見てしまう。解説の市川雅敏さんの淡々とした語り口がリアルで面白い。ブエルタ・ア・エスパーニャは山岳ステージが多く、スプリンターが勝負できる場面が少ない。だからこそ今作終盤、ゴール直前では激しいデッドヒートになる。

後ろから集団が迫る圧迫感。アシスト役による給水、少数の先頭集団、囮、ライバルとのちょっとした会話…レースでよく見る場面が沢山詰まっている。

ぺぺがスターではなく、実況・解説からそんなに期待されていないのが、誰にでもあるドラマって感じでとても良い。1人の男が垣間見せた意地をさらっと描いている。

表面的には自転車レースだが、「集団と個人の関係」を象徴的に描いている。ドイツチームのように、チームプレーがあるから1人のスプリンターが輝くこともあるし、ぺぺのように集団から離れて無理やり突っ走るケースもある。地元を離れたいぺぺだが、昔から知る牛の看板の影に「お前か…」と呟き、レース後には敬礼する。逃れようのない故郷との繋がりを受け入れ、前進する(からこそ、故郷を象徴するワインと茄子を文字通り「飲み込む」ことで映画が終わる)。80点。
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