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FLEE フリー(2021年製作の映画)
3.9
 故郷とはずっといても良い場所とは、今作でインタビューを受けるアミンの口からふと漏れた言葉だが、アミンはその言葉を生まれてから何度反芻して来ただろうか?初期のMTV世代には心底衝撃的だったa-haの『Take On Me』の実写とアニメーションの融合そのものが、今作における「匿名性」と「不自由さ」という二重構造を示唆する。アフガニスタンに生まれたアミンは幼い頃、タリバンに連行された父が戻らなかったため、残った家族とともに命がけで祖国を脱出した。働ける男手は総動員されるが、ほとんど家には帰って来ない。父の不在を肌で体感し、更に戦地に駆り出された兄を逃がす母の焦燥はいったい幾許だろうか?脚が不自由で動けなくなった老婆の姿がアミンの母親とオーバーラップする。朴訥としたアニメは却ってその緩い線が残酷な話を中和し、彼ら1人1人の表情をわからなくしているが、アミンの目で見た現実の光景が目に焼き付いて離れない。だが故郷を追われ、旧ソ連へと逃げた家族の運命は一層残酷で容赦ない。ここでも国家権力の横暴は時に家族を恐怖のどん底に陥れる。生まれて来る時、我々が親を選べないというのが半出生主義、いわゆる親ガチャだが、アミンは親を選べないばかりか住む場所すら満足に選べない。そればかりか兄弟姉妹は生まれて来た順番であらかじめ運命そのものが決められ、散り散りになる彼らの生活は政治に翻弄される。ここには絶句する様な絶望感が闊達に描写されるのだ。

 また中盤以降、アミンの流転する人生は自身のクィアな生い立ちとモザイク状に編まれ、混迷を極める。出征の秘密を隠し、故郷を追われ自らのルーツをひた隠しにした主人公は文字通り、巨大権力により去勢されている。監督が初めて彼と出会った時のアミンの表情や行動は、その去勢された生き方を我々にまざまざと見せつけ、静かに語り掛けるようだ。10代の頃は誰だって特別な時期だが、部屋でずっとメキシコのテレビ番組を眺めるばかりだったアミンとその兄弟が街へ繰り出す。あのマクドナルドの映像はアミンによるものなのか?それとも後から用意したフッテージなのだろうか?アニメーションの中に時折登場する様々な土地の描写は閉塞感に包まれたフレームの中をしばしば活性化させ、主人公にある種の「希望」を与えるのだが流転する人生には文字通り、幸福な終わりは見えない。祖国を追われたのと同じテイストで綴られるアミンの兄弟へのカミング・アウトは実写ではなく、アニメーションだからこそ却ってシリアスな縛りから解放され、真なるオリジナリティを確立する。あの日あの晩、初めてナイトクラブの門をくぐった際のDAFT PUNKの「Veridis Quo」とアルコールの味は主人公にとって一生忘れられない格別なものとなったに違いない。兄との抱擁から彼が見た光景は、これまで流転するばかりだった人生に確固たる安住の地を与える。その瞬間、過去を振り返るばかりだったアミンの人生は未来を見つめる。そのゆったりとした眼差しの転移にこそ、本作を見つめる監督の視点が端的に現れている。
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