YasujiOshiba

スパイの妻のYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

スパイの妻(2020年製作の映画)
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NHK-BS録画。ずっと積録状態だったんだけど、今宵なぎちゃんと鑑賞。おもしろかった。見たことのある景色かなと思ったら、なるほど『いだてん』(2019/1/6〜12/5)のオープンセット使ってたのね。照明とか良い意味でも悪い意味でもNHKのドラマっぽかったけど、僕が見たのはNHKドラマ版だからね、さもありなん。映画の方は少し違うのかな。

さて、この作品はなんといっても脚本がよい。高橋一生と蒼井優の、どこかとってつけたようなセリフの応酬が心地よい。それはけっして自然とかリアルじゃなくて、ある意味で演劇的なのだけど、それだけじゃなくて多分意図的に、どこか古典的な抑揚で滑舌も流れるように、だからこそ嘘が潜んでいるような気配を漂わせながら、ぼくらの耳に飛び込んでくる。映画は音なんだよな。

伴奏もよい。どう聞いてもホラーなんだけど、ちょっとばかり上品な響きなものだから、なんともドキドキしちゃうじゃありませんか。見てみれば、担当したのはギタリストの長岡亮介さん。映画音楽はこれが初めてというのだけど、ギターらしくないアプローチなんだけど、そうかやっぱりギターなんだなと思わせる伴奏ぶり。そう、映画を伴奏してるんだよね。そのあたりが、「古すぎても新しすぎてもだめ」という黒沢監督が絶賛しているところなのかもしれないな。

それから神戸が舞台というのにも親近感がある。有馬温泉と言われるとピクッとするのだけど、ロケ地は四万温泉(しまおんせん)の積善館だそうで、HPにもちゃんと協力したよって誇らしげにうたっている。有馬温泉という設定で使われたとしても、ヴェネツィア映画祭の銀獅子賞に貢献できたことの方が誇らしいということかもね。その有馬温泉の依代となった積善館のHPがこれ。一度行ってみたいと思わせる場所。
https://www.sekizenkan.co.jp/news/470

それから場所としてぼくらを惹きつけるのが神戸市垂水区の旧グッゲンハイム邸。こういう場所をセットではなく、実際の場所でロケをすることで、蒼井優と高橋一生の夫婦の在り方をきっちりと額縁に入れてくれるわけだ。その縁のなかにはゲニウス・ロキがきっちりと捉えられているのだと思う。

ゲニウス・ロキが怖がらせてくれるのが憲兵隊の部屋として使われた群馬県庁の昭和庁舎。1928年(昭和3年)に建設され、1999年(平成11年)まで本庁舎として利用されてきたといのだから、戦前から戦後までの空気が染み込んでいるというわけだ。そこに東出くんがあの怖い顔で登場するもんだから、いやはやまったくまいりました。見事なキャスティング。

まあ東出くんの場合、共同脚本の濱口竜介の監督デビュー作『寝ても覚めても』(2018)でのカノジョが問題になっちまって大変だったわけだけど、こういう役ならこれからもしばらく大丈夫なんだろうな。

映画のメッセージははっきりしている。ナショナリズムとコスモポリタニズムの背後に蠢く愛と嫉妬。それも得体の知れない愛。そんなものが世界を動かしているのかというのが、この映画が怖いところ。その怖さを直視すると、もはやこの世の中にで正気ではいられなくなるというのだから、いやはや、みごとなホラー映画でござんした。

最後の海岸のシーンは、なんとなくフェリーニのザンパノの海岸を思い出したんだけど、あっちが動物から人間への目覚めの慟哭だとすれば、こっちは狂気の果ての正気の慟哭といったところかな。べつに慟哭がなくてもよかった気もするのだけど...、福原聡子(蒼井優)=ザンパノ(アンソニー・クイン)説という仮説を考えさせてくれたのは、ちょっと嬉しいかも。

だとすると福原優作(高橋一生)はジェルソミーナ(ジュリエッタ・マジーナ)となって、じゃあなにかい、憲兵の津森泰治(東出昌大)のイル・マット(リチャード・ベースハート)ってことになるのかな。まあ、イル・マット=狂人だから、それもありかもしれないない...

ま、考えすぎだろうけど、こうやって想像するのは楽しいよね。

追記 2021/12/30
篠崎さんに聞いたら、やっぱりラストシーンはフェリーニだったんだそうだ。一献交わしながら、へえそうなんだ、なんて驚きながら聞いてたんだけど、自分でもちゃんと分析してるじゃんね。でも、忘れちゃってたんだよな。まあ、そんなもんだわさ。ハハハ!
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