マカ坊

スパイの妻のマカ坊のレビュー・感想・評価

スパイの妻(2020年製作の映画)
4.4
いやー…これは"お見事"…!!

田中絹代とゆりやんレトリィバァの間のどこかに存在する蒼井優の滅法感興な芝居と、「何だし!高橋一生ってこんな発声するんや!」という個人的発見。そこにあらゆる意味での「棒」を体現するいつも通りの東出昌大をみる喜び。

この座組みだからこそなのか、こんなに開かれた黒沢清作品はついぞ無かったのでは?
素晴らしい!

元々はNHKの8Kドラマとして制作された作品を映画版として再編集。

まずはこの企画が通ったことに驚き。
原作無しのオリジナル脚本で時代物。明確な実話ベースでもない。どうやって予算確保したんだろうか?

濱口竜介、野原位との師弟トリオ。演出や美術などは黒沢組が、撮影や照明は佐々木達之助らNHK組が参加したという今作は見事にそれぞれの持ち味が渾然一体となって結実されており、「面白くて新しい」という、今の時代本当に達成するのが難しいクオリティを見事に担保している。

観客に「夢」を観せるものである映画と、限りなく「現実」的な映像を捉える8K技術。素人考えでも非常に相性が悪そうな組み合わせ。なのにそれこそが作品の強度に貢献しているという矛盾。

この組み合わせの妙を特に実感したのが、優作が尾行を疑いながら街を歩く長回しのシーン。
ゆっくりと横移動する8Kカメラ。遠景までくっきりと映し出すそのスペックを存分に生かし、画面奥から手前へと行進する「群れ」としての軍人たちの統御された動きを鮮明に映しだす。
やがてカメラのすぐそばを横切る隊列。
その「歩くカーテン」の後ろで展開する物語。

黒沢清のシグネチャーの1つとも言えるだろう例の「半透明の遮蔽物」が人間として奥行きを持って登場するこの場面は、まさにこのハイスペック撮影の賜物ではないだろうか。

NHK組の木村中哉は8Kによって可能となる「黒」の表現にもこだわったようで、このあたりは一度万全の8K視聴環境で味わってみたいとも思った。

常に異界との接点となる、黒沢映画おなじみの移動シーンだが、今回はバス移動の際のライティングが特に面白かった。「シャイニング」のオーバールックホテルに差し込む日差しより明るい。

そしてやはり劇中に登場するフィルム映画および記録映像。
めちゃくちゃタイトなスケジュールの中で撮影されたというが、特に関東軍の残虐さを収めた記録映像の方はこれぞ黒沢清という「怖さ」で見事だった。「素人が撮った記録映像」を撮るプロ集団。

日常と狂気の境を行ったりきたり…ではなく「いつのまにか行ったきり帰ってこられない」という作品を撮ってきた黒沢清の新境地が、あらたな時代を担う自らの教え子達に導かれる形で切り開かれた事への興奮。
ピクサーのニュースも衝撃だったし、これからますます劇場で観る映画は分が悪くなってくるんだろうけど、今作が1つの可能性を示したのかも。邦画、配信、8K。今回が奇跡的に上手くいっただけなのかもしれないし、簡単ではないだろうけど、日本映画の未来に希望の片鱗を見た。
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