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おかえり ただいまのMOCOのレビュー・感想・評価

おかえり ただいま(2020年製作の映画)
3.5
『「おかえり」(母)
「ただいま」(娘)
 そんな些細な言葉に奇跡宿る・・・』(テーマソングより)


「刑務所から出て来てきたばかりで派遣をやっています。実にばかばかしい。
 東海地方で一緒に何か組んでやりませんか」・・・携帯電話のサイト『闇の職業安定所』の川岸健治の書き込みに応じた堀慶末、神田司は2007年8月24日の夜、名古屋の喫茶店で顔を合わせます。愛に飢えた家庭に育った3人は各々「刑務所から出たばかり・・・」「オレオレ詐偽をしていた・・・」「元やくざで・・・」と虚勢を張った自己紹介をします。

 3人は一台の車に乗り込むと夜の名古屋市内を巡り、人気の少ない道路を一人で歩く女性を探し回り「ブランド品を身につけている女は金を持っていない」と、おとなしそうな女性を標的にすることを決めます。

 磯谷富美子(斉藤由貴)は娘・利恵が1歳の時に夫を白血病で亡くして以来(娘が小さな頃から)いつかマイホームを持つ夢を娘と共有します。

 大学生になった利恵(佐津川愛美)は母親にアニメーターになるために大学を辞めて東京の専門学校に行きたいと話し猛反対され、一時は反抗的になるのですが「お母さんを独りには出来ない・・・」と、夢を諦めます。

 卒業・・・就職・・・そして恋人もできて、ごくごく普通の充実した日々を送る中、仕事を終えての帰り道、あと少しで母の待つ自宅という街灯のない通いなれた上り坂で後ろからやって来た車の後部座席の男に声を掛けられます。
「すいません・・・」道を尋ねるふりをする声に身構えることなく反応した利恵は突然車内に引きずり込まれると、車は急発進します・・・。

 3人の男は、金を奪う目的で名古屋市千種区自由が丘の路上で帰宅途中の見知らぬ女性を拉致すると自動車内に監禁し翌25日未明にかけ同じ愛知県愛西市の屋外駐車場に車を停め、3人がかりで女性を脅しバックの金品と2枚のキャッシュカードを奪い、利用明細書で822万円の預金を確認すると暗証番号を聞き出そうとします。

 手錠をかけられ包丁を突き付けられた長時間に及ぶ恐ろしい監禁と強迫に「抵抗しきれない・・・きっと殺される・・・」と、観念した利恵は暗証番号を口にします。

「2960」・・・。
 番号を聞き出した3人は目の前でハンマーを取り出し・・・。


 ドキュメンタリー映画で定評のある東海テレビ(名古屋)の映画です。
 被害にあった女性の母親の取材を元に、2018年12月25日に放送した母・磯谷富美子(斉藤由貴)と娘・磯谷利恵(佐津川愛美)のドキュメンタリードラマ「事件前の母娘の物語」を再構成して2020年9月劇場公開した映画『おかえり ただいま』です。
 母娘は実名なのですが、犯人は仮名なのかはわかりませんが、恐らく裁判での3人の証言で拉致から殺害に至るドラマパートは再現されていると思われます。

 利恵さんを車内で撲殺した3人は翌朝現金の引き出しにA.T.M を利用します・・・。

 そして、警察に呼び出された母親・富美子さんが「まだ遺体は確認出来ていないのですが、昨日事件がありまして、犯人がこの人を殺したと、言っているのですが、娘さんに間違いありませんか?」と娘の免許証を見せられ、殺人事件に巻き込まれた女性がはっきり娘とも分からないまま「娘さんと分かるのは2日ほど後かも知れない・・・」と、理不尽な言葉を聞かされた後、独り部屋に残されます。

 そんなシーンで前半の再現ドラマは終わり後半は、逮捕後の犯人の証言を絡めた被害女性の母親・磯谷富美子さんのその後のドキュメンタリーフィルムです。

 暗証番号を聞き出されてしまった利恵さんの顔には粘着テープが何重にも巻きつけられ30回にわたり頭部をハンマーで殴打され、動かなくなった利恵さんは岐阜県瑞浪市内の山中に遺棄されました。

 利恵さんがキャッシュカードの暗証番号を偽って教えたため、預金を引き出せなかった3人は次の犯行を計画し別れたのですが川岸の自首から事件が発覚し3人は逮捕されました。

 裁判が始まると、何の繋がりもない利恵さんを恐怖に落とし入れ命を奪った犯人は「2人以上の殺人で死刑、1人の殺害は無期懲役が妥当」と、いう判例に守られ、犯罪者を保護するように富美子さんの前に立ちはだかります。
 富美子さんは事件から4ヶ月の間街頭に立ち娘の彼氏と共に33万筆にも及ぶ署名を集め3人の極刑を求めたのですが、一審で神田と堀は死刑、自首した川岸は無期懲役の判決がおり、「全員を死刑に」という望みが叶うことはありませんでした。さらに、3人は控訴し後に堀は無期懲役に判決が変更されてしまいます(後々、別の殺人事件(碧南事件)にも関わっていたことが分かり死刑が確定します)。
 神田は死刑判決を受け入れ、控訴を取り下げ「こうなることは分かっていました。被害者のお母さん、おばさん、付き合っていた彼、友人、会社の同僚に対して、命を以て償います」と語り死刑が執行されました。


 利恵さんが誘拐された坂道は私が結婚して離れるまで育った家からすぐの所でした。
「自由が丘」には友人もいたのですが「自由が丘」の何処が現場なんて考えてもいなかったのですが、事件の10年以上後にその場所を教えられおどろきました。
 今は明るい電灯の道になっているのですが以前は暗い道だったと聞いています。


「こころあたりがありますか?」警察に尋ねられた利恵さんが使った「2960」の番号には、彼氏だから気がつく利恵さんの思いが・・・。
「抵抗しきれない・・・きっと殺される・・・」母親と共有している夢のために貯めたお金を、母親に渡すための精一杯の抵抗だったのですね・・・。
 きっと、思い描くこれから始まる彼と母との生活が・・・。

「こんな人でもちゃんと裁かなければいけないのかしら、今すぐにでも刑を決めて処刑して欲しい・・・すごい思いました」ドキュメントフィルムの中で判決前のお母さんはそう語ってみえます。
 3人の命を奪っても利恵さんが還らないことは分かっていてもそうせずにはいられない気持ちは痛いほど伝わってきます。 
 事件の被害者は決して彼女だけではなく、突然娘さんの命を奪われた母親の心情は筆舌に尽くし難いものです。この映画の中で犯人達の苛酷な家庭環境や悲惨な少年時代を見せられても彼らに同情する気にはなれませんでした。
 斉藤由貴さんの演技は決して上手とは言えないので前半部のドラマはやや艶消しです。普通に倖せな母娘が巻き込まれたことを強調したかったようですが、前半部のドラマはむしろ誘拐後に3人が利恵さんに与えた残忍な行いを強調すべきだったのではないでしょうか?

 少年4人(内1人は成人)と少女2人が公園駐車場内の車中の19歳の男性と20歳女性を襲い金品を奪った後、女性を集団強姦し2人を殺害して主犯の未成年の少年に死刑判決(後に無期懲役)がでた『1988年2月23日の大高緑地アベック殺人事件』と、この『2007年8月24日の闇サイト事件』は名古屋で起きた印象深い卑劣な事件でした。
 2つの事件は若い人は知らない、忘れてはならない事件であり許してはいけない事件です。
「闇サイト」は、事件後(死刑判決が出た後も)なくなるどころか更に悪い進化を遂げているのが悲しい現実です。

 彼らは、母親の「おかえり」という言葉を取り上げてしまい、呼応する娘さんの「ただいま」の言葉も聞こえなくしてしまった。
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