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映画 太陽の子のnatsumeのネタバレレビュー・内容・結末

映画 太陽の子(2021年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

テレビドラマ版が非常によかったので再見するつもりで劇場に足を運んだのですが、劇場版はドラマとは違うエディションだった。テレビ版を見た時に、現代パートはなくてもいいかなぁ…と思っていたので(現在と太平洋戦争の時代が地続きであることの表現として理解はしてますが)、その点では評価があがった。

とにかく本作の柳楽優弥くんの演技は素晴らしい。京大エリート集団の中でも家族の中でも、ほんの少し浮いていながら愛されもし、けれど「ここではないどこか」「まだ見ぬ何か」に自分の居場所と研究者としての誇りの置き場所を探す青年科学者の純粋さと屈折を見事に体現してる。

テレビドラマ版も三浦春馬くんの遺作という形で注目を浴びていたけど(そして彼の儚い演技は本当に切なくて胸を打たれたのだけれど)、柳楽くんの演技には鬼気迫るものがあり、圧倒的主演だった。これのドラマ版を観て私は「彼はもう一回、大人の俳優としてカンヌで賞が取れるかも」と思ったのです。

特にラスト近くの比叡山を目指す修の姿のは必見で、戦争を知らない世代が上の世代からの借り物ではない表現で戦争中の若者を演じ、それが説得力ある形で結実したいう点で、日本の戦争映画としてエポックメーキングな作品になったのではないかと思う。この先は、戦争体験者の監督や出演者どころか証言者も減っていく一方なので、こういうアプローチは大切だと思う。

二人の子の母親の戦争未亡人を演じた田中裕子がさすがの好演。我が子を平等に愛することの困難と決意を抑制した演技で表現していて素晴らしかった。

単に「我が子なら二人とも同じように可愛い」じゃないんですよね…修自身が感じているように、修のような子どもを愛し続けるのは、裕之のような子どもを愛し続けるよりしんどいはずなんだ。親もまた人なので。

けれど「そうすること」への決心と絶望感と、抑えきれない情と嫌悪感を、同時に胸にしまって母の愛をまっとうしようとする、この一見無表情な中に人としての心の波や渦を表現できるのは、あの年齢層だと今は田中裕子か大竹しのぶぐらいじゃないかな…と思う。

有村架純は相変わらず「昭和」が似合う稀有な若手なので、いつかおばあさんになった時には、本作の田中裕子さんみたいな役もやれると思う。さすがにその時期までは私生きてないと思うので、老け役の架純ちゃんを拝めないのほんと残念。世津が兄弟の手を取るシーンは彼女のアドリブだそうで、そのへんの感性も含め、特別なものを持ってる俳優なんだなと思う。

映画版のテレビドラマ版とは違うエンディングは、少しわかりやすくはなったと思うけど、わかりやすすぎて惜しいような気もした。テレビドラマ版はパイロット版という位置付けらしいけど、その未完成な部分が観賞後のなんとも言えない苦さと余韻になってよかったのだと思う。

戦争の悲劇性は誰にとってもわかりやすく科学者の業はわかりにくい。家族愛と人間的な後悔はわかりやすいけど天才の性はわかりにくい。でも後者は少数の人にとっては、大衆的な悲劇よりも深く刺さる気がする。

テレビ版はどちらかというと後者に寄った演出だった気がするけど(そしてそこが好きだったんだけど)、映画版はもう少し多くの人にとってわかりやすいテーマ性をとったんろうなと思う。それも重要なテーマのひとつだし、そこにフォーカスが絞られていても名作の条件を失ったわけではない。

スコアを0.3ほど本来の評価より下げざるを得なかったのは、エンディングに福山雅治によるバラード曲を入れたせいです。別に福山雅治アンチではありませんが、何故こういう陳腐なJ-POPをエンディングに入れるんかな?っていうの、邦画あるあるだけど苦々しい気分にしかならない。

エンドロールは普通に本編の挿入曲使うか完全無音のほうが、三千倍ぐらいよい作品になったでしょう。懐石料理食べてて最後にご飯と味噌汁の代わりにプッチンプリン出された気分です。プッチンプリンにはなんの恨みもないしおやつに食べる分には美味しいと思うけど、懐石料理の最後に出すべきものではない。福山雅治は長崎出身だし、そういう理由あっての起用かもしれませんが、安っぽくなるからやめてほしい。

それを除けば、傑作と呼べる作品でした。「その街のこども」といい、NHKにもまだ良心というものが残っているのだな…と思わせてくれた。作品は三浦春馬くんと完成直前に亡くなったフードコーディネーターの宮田清美さんに捧げられています。あの巨大な塩むすびも重要なキーなので、いろいろ感慨深いエンドロールでした。ほんと曲さえなければ。

何度も言いますが、こういう誰得コラボはやめた方がいいですよ邦画業界。エンドロールまで見る勢にとっては拷問。竜そばのように、しょうもない脚本を音楽で押し切る系の映画を撮ってるつもりがないのであれば、プロデューサーも金は他所から集めて欲しい。客としてお金なら払いますよ、クラファンでもなんでも。無念さにキレちらかしててすみませんが。

エンドロール直前まではスコア4.5の名作なので多くの人に見てほしいです。テレビ版もドキュメンタリーとあわせて再放送してほしいな…あと板にするときは、初回限定でもいいのでテレビ版もその前の「神の火」も入れて欲しい。

監督の黒崎博氏は今年度の大河ドラマ「青天を衝け」のチーフ演出家だそうで、ここ数年の大河の中ではダントツで映像よし演習よしの作品だなと思ってたので、なるほどという感じ。本作は構想10年だそうなので、多作な監督ではなさそうだけど、次回作にも期待します。
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