YasujiOshiba

シャドウ・イン・クラウドのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

シャドウ・イン・クラウド(2020年製作の映画)
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密林レンタル。クロエ・グレース・モレッツが見たくてレンタル。じつによい。クロエの表情だけで前半乗り切れてしまう。

ポイントはふたつ。グレムリンと女性パイロット。

グレムリンは、あのスピルバーグ/ダンテの『グレムリン』(1984)ではなくて、そのオリジナルのグレムリン。良い意味で機械の妖精。人間に蒸気機関などの発明のインスピレーションを与える。けれども同時に、機械に不調をひきおこす悪戯者でもある。

この映画のグレムリンは、そんな比喩的意味というよりは、具体的な怪物・ネズミ・コウモリとして、飛行機にいたずらするモンスターとして登場。けれども、あくまでも妖精であり、じつのところ弱っちい。そこがミソ。言ってみれば、低脳な男どものホモソーシャルの馴れ合いから生まれ出た「呪い」の具象化というところ。だから、男たちは恐れ、慄き、グレムリンには敵わない。しかしクロエはちがう。ホモソーシャルのヴァーバルなブリズム(bullismo)、あるいは言語的セクラハなんて平気のへの字。

それはちょうど高倉健さんが、理不尽な資本主義ヤクザの言動なんてものともせず、もっと大事なことがあるんだよと、カエルの顔になんとやらとばかりに、平然とやり過ごすようなもの。いやあ、クロエちゃん、高倉健さん並みのかっこよさ。女だって、その気になったら男に負けない、いやいやそれ以上のことができるのよってことを証明する。

ここで注意しておきたいのが女性パイロットの活躍。それはたとえば第二次世界大戦中のWASP( Women Airforce Service Pilots 〔婦人空軍運行パイロット〕)と呼ばれる民間業務。男性パイロットが戦闘に駆り出されるなか、不足したパイロットを女性によって補おうとしたもの。そう、女性にだってできないことはない。いやむしろ歴史を振り返れば彼女たちの挑戦があった。

1903年のライト兄弟による最初の動力飛行の成功から数年後には、E・トッド・リリアンが航空機の設計・製造を行い、1910年にはブランチ・スチュアート・スコットが女性として初めて単独で航空機を操縦。ハリエット・クインビーは1911年に米国女性として初めて操縦免許を取得し、1912年にイギリス海峡を横断。さらに1932年、アメリア・イヤハートは女性で初めて大西洋の単独横断飛行に成功。

女性パイロットの歴史は脈々と繋がれていた。知らぬはホモソーシャルの低脳飛行機乗りばかりなりというわけだ。

そもそも、飛行機で戦争するなんて馬鹿げたことはない。クロエの乗り込む飛行機の名前だって「fool's errand」(愚か者の使者)ではないか。ようするに「むだ足/ 骨折り損」という名前で、爆弾抱えて、人の住む街を破壊するのが使命。まさに「愚か者」(fool)の使者だというわけだけど、その「愚か者」は誰かなのか。そんなの決まっている。低脳な男たちなのだ。

そんな「愚か者の使者」号に乗り込んだクロエだが、彼女もまた大切な使命をかかえていた。おちろん彼女は「愚か者の使者」ではない。では彼女の使命は何なのか。彼女が大切に抱えてきた皮のケースには、いったい何が隠されているのか。それが明らかになるとき、ほんとうに「愚か者」が誰なのかが、すっきり爽快なかたちで明かされる。

そこでおいら、おもわず拍手喝采、そしてエンドロール、拍手を止める間もなく、ぼくの耳に鳴り始めたのが、なんとケイト・ブッシュの『Hounds of love』(1986)のイントロ。日本語では「愛のかたち」と訳されているけれど、直訳すれば「愛の猟犬たち」。

木々の向こうからやってくる猟犬たちに追いかけられ、逃げ惑う「わたし」は、それが「愛」というものだとまだ気がついていない。こんな歌詞である。

♪森中にいるぞ/アイツがやってくる!
It's in the trees—It's coming!"

♪子どものころ、夜を走りながら
♪何かを怖がってた
♪闇に潜み、通りに隠れながら
♪追いかけてくる何かを(怖がってた)

When I was a child, running in the night
Afraid of what might be
Hiding in the dark, hiding in the street
And of what was following me

♪今は愛の猟犬たちに追いかけられてる
♪これまでずっと臆病だったわたし
♪なにがよいのかわからない

Now hounds of love are hunting
I've always been a coward
And I don't know what's good for me

(そのうち続きも訳してみたいね。狐さんが登場するんだよね。愛の狐なんだよね...)

11/1 追記:
クロエの演じるギャレットはイギリス空軍(Royal Air Force)の婦人補助空軍(Women's Auxiliary Air Force, WAAF)の少佐だと言い張るのだけれど、じつは民間の婦人空軍運行業務パイロットWASP( Women Airforce Service Pilots)だということが判明するわけ。このあたりの設定は見事。

宇多丸さんの映画評が的確で面白い。
https://www.tbsradio.jp/articles/53355/

そこで教えてもらったのが、この物語の出発点となったランダル・ジャレルの五行詩「The Death of the Ball Turret Gunner」(球形砲台銃撃手の死」。それがこんな詩だ。

- From my mother's sleep I fell into the State,

- And I hunched in its belly till my wet fur froze.

- Six miles from earth, loosed from its dream of life,

- I woke to black flak and the nightmare fighters.

- When I died they washed me out of the turret with a hose.

たぶんどこかに邦訳はあるのだろう。でもネットに見当たらないので訳してみる。

- ぼくは母の眠りから国(ステート)の中に落ちると、
- 身を屈めて丸くなったままジャケットの毛皮が凍りつくのを待った。
- 地上から6マイル、人生の夢から解き放たれたところで、
- 真っ黒な対空砲火と悪夢の戦闘機のただなかに目覚めた。
- ぼくが死ぬと砲台からスチームホースで洗い出された。

ぞっとするようなイメージではないか。このイメージにジョン・アーヴィングの『ガープの世界』にも引き継がれている。ガープの父は、まさにこの「球形砲台銃撃手の死」を死んだということになっているのだ。
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