かなり悪いオヤジ

林檎とポラロイドのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

林檎とポラロイド(2020年製作の映画)
3.6
林檎とくれば当然ハチミツだろうって思ったあなたは、わたしの友だちだ。最近は本業の女優業よりも、映画祭の審査員や製作にまで色気を見せているケイト・ブランシェット推しの1本である。本作で初メガホンを握ったギリシャの新鋭クリストフ・ニク次回作のプロデュースを早くも買って出たらしい。

作風は同じギリシャの映画監督ヨルゴス・ランティモスに比較的近いといえようか。表情のないデッドパン面の登場人物と観客を思わずニヤリとさせるブラックな笑い。ランティモスお得意のドキッとするような残酷などんでん返しの代わりにこの監督が用意したのは、女性受けしそうななんとも切ないエンディング。

忘れようとすればすれほど、忘れられない思い出.....映画冒頭、何かを忘れようと頭を壁に打ち付ける主人公の男。いつの間にか深夜バスで眠りこけていた男は、終点で運転手に起こされるのだ。
 「名前は?」「覚えていません」
原因不明の記憶喪失病が蔓延している世界観は、ランティモスの『聖なる鹿殺し』に設定が似ているかもしれないが、政治的なメタファーは皆無なのでご安心を。

記憶喪失専門の医者チームから、記憶再生のためのプログロムを言い渡されるのだが、これが本当に下らない。ホラー映画を見ろとか、郊外で自動車事故を起こせとか、いきずりの女とクラブでSEXしろとか...一体なんの効果があるのか皆目検討もつかないおかしな指令を次々にクリアして、それをポラロイドカメラで撮影しアルバムに保管していく男。

同じような指令を受けている女と知り合った男は、このままこの女と恋に落ちるのかと思いきや....完全に男に騙された我々観客とはちがって、やはりワンコだけは騙すことができなかったのだ。「林檎には物忘れ防止の効果もあるんですよ」果物屋推しのリンゴを男はそっと元の場所に戻すのである。

医者の指示で臨終の際にある老人に付き添いその葬儀に参加した男は思い出すのだ、辛い思い出から逃げようとしていたことを、けっして忘れてはいけない大切なことを。そして男は大好きな林檎をまた食べはじめるのだ、その大切な思い出を今度は決して忘れないために....