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兎たちの暴走の教授のレビュー・感想・評価

兎たちの暴走(2020年製作の映画)
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好きな要素が多く、概ね面白く観た。

「経済成長」による豊かさ、なんて21世紀の現代においては腐臭しかなく、結局のところ富める側の野心や執着の気忙しさによる汗臭さと、格差によって貧しさから抜けられない側、弱者の側はその閉塞感による生活臭さの両方が混じり合うような四川省の町並みが映画を象徴する。

結局のところ、ニュースで流れる「経済的繁栄」は一面的で、多くの人々は、日々をいかにして凌いでいくかに窮々としている現実。
本作で描かれる人々は、基本的にそのような立場の人間たちである。

監督であるシェン・ユーは本作でデビュー作。最初から断っておくとその為に評価は甘々になる。
それくらいデビュー作としては、非常に才気を感じる作品であるし、物語を語る力強さは非凡な監督でもある。

やはり「都市」や「街」を通して人の暮らしを捉えようとするアプローチ。
そこに「現代の風景」を捉えようとする意思という、ある意味で映画監督らしい視点は基本に忠実であり好感が持てる。

映画を推進させるストーリーラインについても、シュイ(リー・ゲンシー)の渇望する母性への執着と、ミステリアスであるが故にカリスマ性と危うさを体現している母親のチュー(レジーナ・ワン)と、それぞれに抱える家族の問題が影を落とすジン(チャイ・イエ)、ユエユエ(ヂォゥ・ズーユェ)たちの、それぞれの背景が重なり交流が生まれるほんのわずかな「幸福な時間」の切なさがたまらない。

その「刹那」として交わる素晴らしい時間は、転落の予兆として強く機能して、このサスペンスだけでも本作は観る価値のある作品だと思う。

脚本的な部分や、演出の手際については、まだまだデビュー作としての粗さは多い。
「誘拐事件」自体のディテールが、内容としては「時間切れ」の感があり、あまり描かれず物語の「本題」に入るまでが大きく省略されたことでテンポが悪くも見えるし、事件に至るまでの感情の動きが唐突でもあり、シュイの発案に乗るしかないチューの心情の描写が弱いので、リアリティを感じることがどうしても弱くなってしまう。
そこは「実話」と冠されても、映画としては描写が足りないと感じてしまう。

それでも画面づくりの豊かさと、編集の確かさ、何より俳優たちの演技の魅力の強さで充分面白かったし、感動した。
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