かなり悪いオヤジ

声もなくのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

声もなく(2020年製作の映画)
3.5
大麻、プロポフォール、コカイン、ケタミン、ゾルピデムの5種類の薬物を使用した疑いがもたれ警察に拘束中のユ・アイン。韓国映画界きっての若手演技派だけに、これでキャリアが絶たれてしまうのはなんとも惜しい気がする。

そのユ・アインが10kgの増量をしてまでヤクづくりをしたと言う、耳はきこえるけど話すことができない貧乏青年テイン。ニグレクトされて育った妹とともに豚小屋のようなバラックで怠惰な生活を送るテインの職業は、表は鶏卵移動販売、裏は死体処理業だ。そんな夢も希望もないテインの家に、取引先のヤクザが男の子と間違って誘拐してしまったチョヒという育ちの良さそうな女の子が預けられることに...

この(間違って)というところが実は本作のポイントになっている。家父長の権力が未だに根強い韓国では、女の子と男の子では身代金に相当の差額があるらしいのである。しかもチョヒの場合11歳という微妙な年齢のため、人身売買するにも買い手がなかなかつかない(年をとりすぎている)。チョヒの父ちゃんもヤクザの要求する金額の身代金支払を渋っているため、チョヒのバラック住まいがどんどん長引いていくのである。

テインの育ての親でもあるチョンボクはなぜか敬虔なクリスチャンで、ことあるごとにテインに礼拝テープを聞くよう促すのである。何事にも礼儀正しく従順であれ。親にキチンと躾されたチョヒが疑似姉となって、散らかり放題の部屋を片づけ、ニグレクトされて育った妹やテインに礼儀を教えていく下りに、ホッコリ癒された観客の皆さんもきっと多かったのでは。

チョンボクが身代金受取の途中で事故死、途方に暮れたテインは、死んだヤクザの高級スーツを着て、チョヒを通っていた小学校へと送り届けるのである。すっかり自分たち兄妹に打ち解けたチョヒから感謝の言葉の一つでもあるのかと思いきや....テインは韓国という国が蔑ろにしている“フェミニズム”から手痛いしっぺ返しを食らうのである。

しかし、テインはフェミニストたちのように“声をあげる”ことが出来ない。チョヒのように従順にしていれば、礼儀正しくしていれば、死んだチョンボクのいう通りこんな俺でも話すことができるではないか。そんなテインの淡い期待も見事に裏切られてしまうのである。何が礼儀正しくだ、こんなもの何のヤクにもたちゃしないじゃないか!テインはスーツの上着を道端に脱ぎ捨てるのであった。