トムヤムクン

ドライブ・マイ・カーのトムヤムクンのレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
5.0
親密のひとときの終わり、明け方のベットで妻が身を起こし、「物語」を夫に語り始める…。霧島れいか演じる妻の「音」の真っ黒いシルエットが、少女の異様な恋を語り始める冒頭のシーンから圧倒的だ。西島秀俊演じる「家福悠介」は舞台の演出家であり自らも俳優として舞台に立っている。ベケットやチェーホフといった現代演劇の源流を多言語で演出している。この人物造形はすでにして、他者の言葉・テキストに耳を傾け、それを受け取り(受け取り損ない)、辛抱強く語り直すという本作で執拗に描かれる身振りを示している。それは死者の言葉の語り直しである。2011年以降どうしても喪失とグリーフケアに敏感にならずにはいられない。広島を主たる舞台としながら東京、北海道、さらに海を超えて韓国にまで広がる空間的な奥行きのある本作は、死者たちの存在感によって時間的な奥行きを備えてもいる。優れた映画のイメージが捉えるのは現在だけではないと言うのがよくわかる。病、事故、災害…。死によって隔てられた人たちは自分たちにとってどんな存在だったのか?都心部のマンションの上階に居を構え、仕事も順調、最愛の妻との関係も良好な家福。何の問題もないようにみえるが、スタッフロールが流れるまでに描かれる家福の日常は、なんというか生活から切り離された感じで、綺麗すぎて居心地を悪くさせる。家福がほとんど常に愛車のサーブに乗っており、家に帰ってくるのが大体夜遅くであるのも、家福自身がなにかこの日々に向き合い難いものを感じているからなのか。ライカートを見た時も思ったことで、やはり車、乗り物に映画はこだわり続けている。女と犬の乗った車のドライブで終わり、完璧だった。
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