幽斎

ハウス・オブ・グッチの幽斎のレビュー・感想・評価

ハウス・オブ・グッチ(2021年製作の映画)
4.4
皆さんは何処のブランドがお好きですか?、私は香水はBVLGARI派、Pour HommeとHomme Soirを使い分けますが、そのブルガリを傘下に置くのが「LVMH」。LOUIS VUITTON、Christian Dior、GIVENCHY、FENDI、CELINE、Tiffany & Co。世界最大のファッション・コングロマリット。何か抜けてます?(笑)。Tジョイ京都で鑑賞。

「GUCCI」イタリア発祥のブランドの多くと同じく革製品が祖業。バッグ、靴、サイフ、服、宝飾品、時計、香水と多岐に渡る。私はファッションに疎いので多くを語りませんが、「ブランドの元祖」と言う知識が有る程度。原作はSara Gay Forden著「The House of Gucci.A Sensational Story of Murder, Madness, Glamour, and Greed」。現在は早川書房で刊行されるが、著者はイタリアのファッション雑誌「ルナ」編集長、その取材力から書き上げた。私も鑑賞前に時間が有るので上下巻を読了したが「こりやぁ、Ridley Scott監督が好きなジャンルだわ」。基本的に企業買収の裏側を暴くノンフィクションだが、それが殺人事件とリンクするから、面白く無い訳がない。

本作は随分前から噂が有り、イギリスで刊行されたのが2004年。監督が奥さんの勧めで権利を買ったのが2006年。しかし、グッチ本家から許可が下りず、メジャー・ユニバーサルは及び腰。だが、監督は意に介さずスキャンダラスなグッチ王国の崩壊を辛辣に描く事を諦めない。監督は私の生涯2位作品「悪の法則」で分る通り、不条理世界を描く事を得意とする。「エイリアン」「ブレードランナー」映像の魔術師の側面ばかり強調されるが、骨太な思想を持つ、希少価値の高い映像作家なのだ。

当初は監督の娘Jordan Scott監督が製作する筈だった。彼女はEva Green主演「Cracks」監督デビューを果たしてる。主演はAngelina Jolieだったが、その後はAnne Hathaway、Marion Cotillard、Penélope Cruz、Natalie Portman、Margot Robbie。錚々たるメンバーが浮かんでは消えた。監督は「デモニック」コンビを組んだNeill Blomkamp監督との「エイリアン5」の企画が雲散霧消に成った事を受け、本作のメガホンを撮る。

御大登場にハリウッドが沸いたが、製作も名門MGMが務める事が決まりプロジェクトは正式始動、問題は主演だが、当初はMargot Robbieが最有力だったが、監督は「アリー/ スター誕生」を見て、監督目線でLady Gagaに一目惚れ。彼女については誤解されるゴシップも多いが、典型的な天才肌で彼女のスケジュールに合わせ「最後の決闘裁判」を先に製作。Lady Gagaの登場にグッチ側も全面協力。COVIDの影響で遅れたが、完成した作品は観客と批評家の間で意見が分れ、Twitterで激論が交わされた。

これでも原作に較べると登場人物は大幅に簡素化、脚色も大胆に施されコンパクトに成ってる。カオスな人間模様をスリム化した事で試写を見たグッチ関係者から、事実無根と相当不満が漏れたらしいが、監督は「殺人と脱税の犯罪者はパブリックドメイン」知ったこっちゃない、と我関せず。「コンニチハ」唐突に出てくるGOTENBA(笑)。アレは史実で、開業する10数年前から御殿場アウトレットへの進出を考えてた。GUCCIは第2次世界大戦で牛革の生産が困難、その代用品として日本から竹を輸入、それが有名な「バンブーバッグ」に繋がる。監督から日本へのリップサービス。

お決まりの夫婦の崩壊を描くので、監督にしては「アレ?」と思う点は意図的で、円満な家族とか人生賛歌に興味の無い監督は、セックス描写で不吉感を煽る事も忘れない。凡庸な監督なら貧困から抜け出したい女性が、リッチ・ピープルと出会い、欲に目が眩んだ強欲な女、結果として哀れな女として描くだろう。しかし、監督は女性目線で社会的に窮屈な暮らしから抜け出したい、その思いが端的に語られるのが序盤の運送会社のシークエンス。女性は見下され、相変わらず性の対象としての存在価値しかない。

女性蔑視の視点は恣意的で有るにせよ、監督は現代のホモ・ソーシャルの対比を描く事で、富を得なければ現状を打破できない、彼女の境遇にしっかり寄り添った目線を忘れない。監督の作品は「エイリアン」に始まり「ブレードランナー」「テルマ&ルイーズ」「G.I.ジェーン」そして「悪の法則」最新作「最後の決闘裁判」。これらに共通するのは何でしょう?。それは「男性社会に立ち向かう一人の女性」なのです。84歳に成る今でも、不変のスタイルを凄みの有る映像美で語り続けてる。

秀逸なのはジェンダーを描くだけでなく、企業間競争と言うテーマもしっかり描いてる。監督がビジネス・ライクな演出をするのは異例だが、其処には監督のテーマ「不条理世界」が横たわる。原作ではブランド品の華やかな一面とは裏腹に、ビジネスとしての行き詰まり感を憂う名門の栄枯盛衰。そして寄らば大樹とブランドを掻き集める禿鷹の投資コンサルタントとの弱肉強食が、醜い人間模様と共に赤裸々に綴られる。京都人の私には老舗の継承の難しさを痛い程知ってるだけに身に詰まされる。

イタリアと言えば車も有名ですが、例えば本編でも登場したスーパーカーの代名詞「ランボルギーニ」がドイツのアウディの子会社って知ってました?(笑)。GUCCIも現在はKering S.A.と言うコングロマリットの一員に過ぎない。傘下にBalenciaga、BOTTEGA VENETA、Brioni、Yves Saint-Laurentが居る。名門ブランドも資本主義には勝てず、大企業も何時別の大企業に飲まれるか一寸先は闇。「お金は有っても脆い者は自滅する」それを描いたのが不条理スリラーの最高傑作「悪の法則」。そしてモンスターは巨大なモンスターに喰われる「エイリアン」の様に。

それにしてもLady Gagaは評判通り素晴らしい。マーベラスでファンタスティックな存在感は流石の一言。監督がファッション・モードを撮ると聞いて大丈夫か?と思ったが、全くの杞憂で映像的にファッションを語る事で、衣装の意味とか理由を見事な演出力で、とても魅力的にフレームに収めてる。超一流監督からソレを惹き出したLady Gagaも凄いが、単に動的なシーンだけでなく落ち着いた静かなインプレッションも、極自然体で演技するので、圧倒的な威圧感との対比も素晴らしい。彼女は監督から映画撮影の基礎を学んだと、撮影現場ではとても謙虚だったそうだ。

共演したSalma Hayekの夫はGUCCIの親会社の社長兼CEO、クレーム対策かな(笑)。人気急上昇Adam Driverの役も、当初はLeonardo DiCaprioだったが、Christian Baleに差し替えられ主演がGaga様に決まるとAdam Driverが選ばれたが、彼も多忙でバックアップにChris Evansが待機した。原作についてはMartin Scorsese監督との主導権争いに勝利。Robert De Niroも参加するとアナウンスされたが、Al Pacinoと共演すれば、誰でもアノ作品が思い浮かぶ(笑)。パロディを避ける為に辞退、代わりをJeremy Ironsが演じた。これだけの俳優をアテンドできるのも、監督の人望力の賜物だろう。

ヴィジュアリストの監督はキャラクターの性格を外見で分らせる演出が基本、例えば「ブレードランナー」のプリスがホームレスの描き方と世捨て人のセバスチャンの様に。しかし、監督の作品を批判的に語る映画人が多いのもハリウッドでは日常茶飯事、それはイギリス人で最も成功した監督に対するアメリカ人の妬み、嫉みも有る。急先鋒はTerry Gilliam監督だが、例えばプリスの描き方は残酷だと仰る。私はどんな作品でも全面的に監督を支持するが、ルッキズムを批判するなら最たるモノがファッションで、問題提起を監督は本作で見事に払拭。ぐうの音も出ない、とは此の事を言うのだろう。

Patrizia Reggianiは2016年に出所。離婚後の扶養手当2200万$、毎年100万$を受け取る。彼女は本作を観て、どう感じただろう?。
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