九月

モーリタニアン 黒塗りの記録の九月のレビュー・感想・評価

4.6
観ていてかなり精神を削られたけれど、観て良かった。

アメリカ同時多発テロ事件が発生した日から少し経ったある夜、アフリカのモーリタニア出身モハメドゥ・スラヒが、警察に連行されるところが映し出される。
9.11の首謀者のひとりとして米国政府に引き渡され、重要参考人として拘束されたものの、その間、一度も起訴されることはなく裁判が行われることもなかった。

この件について知った弁護士のナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)は、彼の弁護を引き受けることに。長期間身柄を確保されているスラヒについて「不当な拘束」としてアメリカ合衆国に立ち向かう。
一方、このテロに徹底した"正義の鉄槌"を望む政府は米軍に、モハメドゥ・スラヒを死刑判決に持ち込むように命令。海兵隊検事のスチュアート・カウチ中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)が担当することに。

なんとしてでもスラヒを糾弾しようと意気込むカウチ中佐は、このテロで友人を亡くしていた。
また、ナンシーは、テロに関与したと思われる人物の弁護を引き受けたことで、テロの支持者と見なされ世間から非難されるように…
両サイドから綿密な調査が進められていくのと同時に、スラヒが受けた尋問の様子が曖昧ながらも映し出され、三者ともに感情移入してしまい、真実が明かされてほしいようなほしくないような…途中までは、そんな気持ちだった。

ナンシーは根気強くスラヒとの面会を重ね、また対立相手となるカウチ中佐とも接触。
スラヒはこれまでの尋問について、文章にして書き留め続けた。
政府によって手が加えられ黒塗りだらけのスラヒの文章からは分からないことが多く、行き詰まってしまいそうに見えたが、この三人の地道な努力が実り、大きく動き出す。
再三の開示請求でようやく政府から届いた機密書類(MFR)には、スラヒの尋問について想像を絶するような供述が記されており…
ここでナンシーとカウチは別の視点から真実を明らかにしようとするのではなく、アメリカの陰謀を暴きスラヒを釈放するという点において志を同じくすることに。

この映画で描かれた尋問の様子は、実際の尋問のほんの一部に過ぎないのだろうけれど、人間が人間にこんなことできるのか…?と思ってしまうようなものばかりだった。
スラヒが最終的に収容されていたグアンタナモの収容所は、本国から離れたキューバの港湾都市で、海に囲まれ孤立している。
囚人を隔てるためにそのような立地を活かしているのかと思えば、看守を司法から遠ざけるため、というのが本当にゾッとした。徹底的に囚人たちを追い込み、解放を求めて虚偽の証言をさせるという魂胆…

悪人に見える人物が多く出てくるが、背後に大きくあるのは、9.11テロの容疑者をなんとしても断罪する、というアメリカ政府の企み。終始、個人の力ではどうすることもできないのではないか…という無力感に襲われた。
スラヒは14年もの間収容されることとなったが、収容所で自決することもなく、無事母国に帰れることに…最後に実際の映像が映し出され、穏やかに笑うスラヒさんご本人の様子を見た時には、本当に良かったと安堵した。それと同時に、アメリカ側から彼に謝罪は一切なく、何のお咎めもなかったことを知り、スクリーンに映し出されている彼の表情との対比に胸を締め付けられた。

グアンタナモの収容所は今も閉鎖には至っておらず、変わらない部分もあるが、
それまで頭に袋を被せられ裸足で移動していたのが、釈放の際はアイマスクにヘッドホン、足にはスニーカーに変わったのを見て、人権が守られている様子を感じ取った。
国家という大きな存在を前にした時に、個人個人の力で何も変えられないわけではないのだなぁ、と静かな感動が。
九月

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