MCATM

ボーはおそれているのMCATMのレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
5.0
「正しいことをしなさい」という言葉が、沈黙をかき分けた電話越しの母によって絞り出されると、これまで同様、ボーを縛り付ける呪いとなる。投薬、スマートフォン、広告、芸能人、報道、カメラ、害虫、暴力、騒音。社会によって強烈に縛り付けられているボーの生活は、かくして母親というある種の「支配者」の言葉によって、更なる枷を負う。こんなにも悲惨な状況が、アリ・アスターという才能によってコミカルに演出されてしまうという驚き。よく考えたら、ホラーとコメディの組み合わせが一番厄介だよね。

モンティ・パイソンが高速で安部公房を演じたような第一幕から、自宅軟禁ホラーへと淀みなく進行する間に、ボーを縛り付ける大量の「鎖」について、大いなるほのめかしが続く。冒頭(あれ?一瞬映ったよね?)からの睾丸問題、セリフの一部に見切れてしまう真実(「…カメラ」あれ?今、カメラっつった?)、「MW」のロゴ(パンフを読むと、絶対にわからないところにも仕込んでますよ)、「母親と乳児」の像の台座に書くメッセージ、コントロールできない「水」のイメージ。

事前に話題になっていた通り、『オオカミの家』クリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャによる流麗なアニメーションパートが、避けがたい災難のようにフラフラと挿入される。手回しオルガンのような謎の楽器から流れるドローンに意識を持っていかれるが、ここで描かれるオデッセイは、ボーのもう一つの世界線として一周して森の中に戻ってくると、母親不在の世界で3人の息子と抱き合うのだが、世界線同士がコンフリクトした瞬間に現実が帰ってくる。

メインストーリー自体は超超シンプルで、「そんなわけはない」という気持ちが邪魔をしているだけ(のはず)。画面を追えばほぼほぼ正確に理解できる(今回もわかりやすく図示してくれるし、『ミッドサマー』よりも親切なことに、その図は終盤で披露される)。詳らかにされている大量のリファレンス(ガイ・マディンとかジャック・タチとか)や、語られるテーマ(「ユダヤ人にとってのロード・オブ・ザ・リング」)は、理解の助けにも、妨げにもなる。あんま惑わされず各々見たものを少しずつ咀嚼していこうぜ。
MCATM

MCATM