まえぴー

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎のまえぴーのネタバレレビュー・内容・結末

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎(2023年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

少し前から気になっており視聴
鬼太郎に関しては昔小さい頃におそらく水木しげる原作の鬼太郎誕生含む最初の方の話を読んだことがあるのとちょっとした本やアニメを流し観した程度の知識だったがとても楽しむことができた。

まず驚いたのがPG-12を感じさせるしっかりとした戦争描写含む戦後の日本の表現だった。
銃弾の雨で体を吹き飛ばされながらなすすべもなく死んでいく兵士たち、帝国主義を根幹とする旧社会の闇や女性差別、女子供を筆頭とする弱者の描写、これらがどれも非常に生々しく描かれていたと思う。
これらはおそらく本作のテーマでもあり、主人公である水木の心情の変化からも窺い知ることができた。
本作のメインの人物は大きく3種類いると思っており、一つはさよさんやときや君をはじめとする女子供や戦争従事者、そしてどうみてもヒロ◯ンなアレの材料とされていた人達や幽霊族を含む搾取される弱者達、彼らには過去編においてほぼいっさいの救いがなく非常に胸糞だったのだが、救いなく描くことこそがこの作品において重要だったのではないかと思う。
二つ目は救いなき弱者から搾取する側である大人達、彼らは各々の思惑はあれど弱者を歯牙にかけることに何の抵抗もなく未来のため、国のためと言いながら平気で犠牲者を出してきた。
一つ目の虐げられるもの達を救いなく描くことでこの二つ目の搾取する大人達の悪逆さ、戦争そのものや戦後から現代までの現実に対する諦観を非常に生々しく表現できていた。
最後はこの二つの両方に当てはまらない者、水木は従軍し搾取される側を経験した後更にありとあらゆる弱者達を見ながら力を望み搾取する側になろうという野望があったが作中においてはどっちつかずの立場として描写されているように感じた。
序盤では電車で咳をしている子がいるにも関わらず平気でタバコを吸おうとする描写(未遂)に、他にもさよさんを上辺で判断し利用する姿やゲゲ郎とのやりとりでも汚い大人側の雰囲気を感じたが、後半の特に終盤ではヤケクソとも取れる態度でどうなるかわからないにも関わらず狂骨の依代を破壊する姿には本作の過去編全般から感じ取られた諦観に対するアンサーが込められているようにも感じた。
また作中多くの搾取する側であった大人達は例に漏れず惨たらしい死に方をするのだが、彼らに限りその多くが目(おそらく左目)を大きく損傷していることが気に掛かった。
両目では見え過ぎてしまう、片目くらいがちょうどいいというセリフからここも現実に対する諦観が感じ取られる他、搾取する側が目を失って死ぬ描写にもヤケクソというか反発の意思のようなものを感じた。
ここで水木はどうなのかというというと、彼には軍属自体にできた目の傷こそあれどしっかりと目は開いて見えている、こここそが水木が搾取する側でもされる側でもない中途半端な立ち位置にいると感じる根拠となった。
エンドロールのカットでは本作のその後が描かれており、ここでようやく自分の知る鬼太郎の父と母の姿が見られた時は感動した。
しかし、自分の微かな昔の記憶とは少し異なる点もあった。
記憶が正しければ鬼太郎の母を埋葬後に水木は鬼太郎誕生を目撃するわけだがあまりの気味の悪さにきたろうを投げ捨て墓石か何かにぶつけて鬼太郎の目を失明させたような描写があったが、これが本作のために見事に改編されていた。
最初は赤子である鬼太郎を投げ捨てようとする水木だがふと失ったはずの記憶の中のゲゲ郎がよぎり最後は優しく抱きしめるところで本作は終了している。
これこそが明確に救いのない過去のアンサーであり、過去の過程があってこそ子供(未来)や愛こそが希望というように繋がるのではないだろうか
これにはありとあらゆる救いがない過去編に対し、明らかに雰囲気やトーンの異なり救いが描かれていた現代の描写などからも似たような印象を受けた。
テレビ放送のアニメの印象と異なり全体的に大人向けで受け取るものも多い本作は最後まで非常に楽しむことができた

追記:好きだったシーン
ゲゲ郎と水木のバディ感は王道に良かった
水木が火の玉の妖怪にタバコの火を貰うとこ(水木肝座りすぎだろ!)
やっぱりラストの水木が鬼太郎を抱きしめるところ(あのシーンにはやはり大きな意味がある)
まえぴー

まえぴー