幽斎

クライム・ゲームの幽斎のレビュー・感想・評価

クライム・ゲーム(2021年製作の映画)
4.0
現役のアメリカ人監督を10人、と言われたら必ず名前が挙がるSteven Soderbergh監督。初期には脚本も書いたが、撮影や編集も熟せる。ハリウッドのルールで、撮影と編集を監督が兼務したら、名前は出せない。監督は撮影は父親のピーター・アンドリューズ名義。編集は母親のマリー・アン・バーナード名義でクレジットする。監督のベネフィットは俳優から絶大な信頼を勝ち得てる事。

多作で知られるが、どのジャンルが得意か定まらないレスな魅力が持ち味。クオリティには波も有るが、文芸から娯楽作品まで幅広い。1つだけ言えるのは群集劇、スリラーで言えばグランドホテル、英式ではensemble castが得意。群集劇は高度な編集力が無いと見るに堪えない作品に為るが、キャラクターのストーリーラインが並列で進行するので、演出には明確なヴィジョンが求められる。

私的には「アンセイン〜狂気の真実」サイコ・スリラーだがB級殿堂入りと、お薦めレベル、全編iPhone撮影を新形態のロジックとして、スウィングを効かせたプロットは流石の一言。もっとスリラーも作って欲しい(笑)、本作は監督が得意なケイパー映画に里帰りを果たす。heist filmとも言うが、クライムのサブジャンルと言えば判り易い。ケイパーとは、泥棒、詐欺、誘拐を犯罪者視点で描く。ハイストとの違いは暴力を含まない。代表作「オーシャンズ11」正にソレ。

物語の始まりはEd Solomonの脚本。彼は「メン・イン・ブラック」「チャーリーズ・エンジェル」を書いて、一躍人気ライターに躍り出る。デビュー作は「ビルとテッドの大冒険」。彼が書いた私が大好きな「グランド・イリュージョン」を見た監督が「私と一緒に社会派ケイパーを作らないか」と誘い、Solomonは大張り切りで原案「Kill Switch」を仕上げた。それはアメリカの裏社会を炙り出す、骨太で濃密なシナリオだった。

主演Don Cheadleは直ぐに決まるが、共演Josh Brolinはレビュー済「DUNE/デューン 砂の惑星」で不参加。Sebastian Stanもレビュー済「ストレイ・ドッグ」「ずっとお城で暮らしてる」多忙でキャンセル。まぁ監督の場合はエージェント要らずで、Benicio del Toro、Jon Hamm、Ray Liotta、David Harbour、Brendan Fraser等、ギャラは安いのに大作並みの面子がサラッと揃う。そして常連のアノ人も緊急参戦。レビュー済「フォードvsフェラーリ」を知ってれば2倍楽しめる(笑)。

Solomonの脚本が張り切り過ぎで、詰め込み過ぎなのが玉に瑕だが、群集劇が得意な監督は小さな話を雪ダルマの様に大きくするのに時間が掛からない。物語の鍵を握る触媒コンバータ、正しくは三元触媒と言うが、1970年代のマスキー法を知る人は年配者だし、車に詳しい人でも排ガス規制で、車が(速く)走らなく為った程度の記憶しかないと思う。走らなくなった、と言えば私事ですが、所有してたボンド・カー「ロータス・エスプリ」が維持費の問題で手放す事に為りました、無念!。

アメリカは自国の大気汚染が深刻で、都市部ではmuscle car、今で言うワイスピの様な無駄にトルクを高めた車が大人気で、健康被害の深刻化が懸念された。しかし、BIG-4は合衆国の規制に従う処か、技術力の無さを隠して国と結託し時間稼ぎした。日本が逸早く適合車を作り、全米マーケットを席巻。特にホンダは触媒ではなくエンジン自体の改良CVCCで世界で初めてマスキー法をクリアした。これが今でもホンダがアメリカで人気が有る理由。ホンダ=F-1、ではなく「革新」と認識されてる。

監督も大人に成ったらしく作家性を剥き出しにしてた頃と違い、本作は現代社会を反映させた人種問題をキッチリ落とし込んでるのは流石。得意のクライムではマフィアの権力争いも、しっかり描かれる。本作は三刀流で、史実に基づく自動車業界の「闇」にもフォーカスを当てる。当時のデトロイトの社会背景を「ご存知ですよね?」と何の説明なく冒頭からエンジン全開で飛ばしてくる。

監督の作品に慣れない方には「ややこしい」。頭の中で情報を咀嚼するのが精一杯に陥り易い。監督の人脈をフルに活かした豪華キャストのアンサンブルは、それだけで一見に値するが、会話劇を逆算したコンゲームは英語力も無いとムズい。ご家庭で見る方は「メモのご用意を!」夢グループの通販並みの心構えが必要。本作は特例として、スマホで「それって、どういう事よ」と調べながら観るのは、アリ!(笑)。アメリカ人の多くは触媒コンバーターの話すら知らなかったに違いない。

環境を守るルールが汚染を助長する皮肉を解く。国と企業を糾弾する骨太な社会派クライム。
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