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ニトラム/NITRAMの夜のレビュー・感想・評価

ニトラム/NITRAM(2021年製作の映画)
3.7
1996年に起きたオーストラリアの銃乱射事件の映画。犯行の動機は不明だが死者は35人にも及ぶ。事件を再現しているわけではなく彼の環境や凶行に至るまでの流れを淡々と刻むフィクション。
ニトラムはMartinの逆さ読みで、シラミという意味。周囲からそう揶揄される彼は幼い頃から多動で共感力が低く暴力性もあり、色々な病名が付いているのだろう。周りも両親も疲弊しきっておりコミュニケーションも最低限になってしまっている。喜怒哀楽の感情が何もない。いちいちニトラムの言動に振り回されていた結果、もう何も感じなくなってしまったのだ。
彼と唯一心を通わしたヘレンの場面だけ、ささやかな喜びがあった。繋がりを切に求めていた二人だからこそ親子や恋人の関係を超えた家族になれたのだろう。それすらあまりに束の間で、結局何もかも自分が台無しにしてしまう。近付いたら離れていき、手伝えば壊してしまう、何もかも。どうしてそうなるのか分からないもどかしさ、悔しさ、悲しみの感情は描かれない。きっとこの時には彼ももう感情を失ってしまっていたから。
何よりニトラムを演じた、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズの文字通りの肉体的表現が生々しい。ぶよぶよのだらしない体つきは労働者のそれではない。銃を構える時の鋭い眼差しはまさに心を失った獣のようだった。
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