ワンコ

グレタ ひとりぼっちの挑戦のワンコのレビュー・感想・評価

4.0
【勘違いしてはいけないこと】

この作品における気候変動問題は、かなり副次的なテーマだ。

大きな比重を占めるのは、グレタ・トゥーンベリという女性の為人(ひととなり)や、彼女に対する攻撃、アイコンとして利用とする大人たちのエゴ、そして彼女の苦悩、更に、こうしたことを通じて、僕たちにアスペルガー症候群をはじめとする発達障がいに対する接し方を問うているのだ。

程度の差こそあれ、僕たちの社会にはアスペルガー症候群を含む発達障がいの人は相当数いて、軽度の人は問題なく過ごせている反面、相当なストレスを抱えながら戦っている人も多いと言われている。

こだわりの強い科学者などに多いことは言われがちだが、アインシュタインはそうだったという説もあるし、フィールズ賞を獲得するような数学者は相当数が該当するという意見もあって、発達障がいは、人間の進化形態のひとつという説だってある。

映画「ビューティフル・マインド」のジョン・ナッシュは、統合失調症を取り上げられることが多いが、もともと発達障がいであったと考えられている。

こだわる対象が科学や数学、或いは、岡本太郎さんのように芸術分野であれば許されるが、気候変動など社会問題だとダメということはあるまい。

これは明らかだ。

なぜ、グローバル・ウォーミングにこだわるのはダメなのか。

グレタ・トゥーンベリさんを攻撃するような人は、物事を一方向からしか観察していないからではないのか。

先般、NHKの「ブラタモリ」で、NHKの博物館が建つ愛宕山の上で、タモリさんが、縄文時代だったら、ここに家を建てたいと言っていた。

なぜなら、世界的に海水面が上昇していた、所謂「縄文海進」の時代は、愛宕山の下は海で、船を停泊させるのに良い入り江が近くにあり、千葉の方まで見渡せるような景色の素晴らしい場所であったことが間違いないからだ。

縄文海進の時代は、横浜駅や川崎駅のあたりはおろか、埼玉県の草加市びあたりも海だったのだ。

内陸部に貝塚が多くあるのは、その辺りまで海が広がっていたといいう証拠だ。

そして、これが、温暖化を危惧する人々への反対派の行動の主な理屈の一つになっている。

海水面の上昇は、産業の発達とは関係なく起こるのだと。

だが、そうだったという事実だけが分かっているだけで、彼らもなぜ縄文海進が起きたのか、現在の温暖化が、それと同じなのかということは全く証明していない。

だから、議論はかみ合わないし、こうした人は、攻撃だけで証明する重要性を理解してさえいないと感じる。

世界が温暖化対策を急務とし、様々な計画を立案、徐々に実行に移されるなか、そこから生まれる産業を想像・創造することもなく、ギャーギャー言っている人の中に、ノーベル物理学賞を取った真鍋淑郎さんのように、スーパーコンピューターを活用して、今の温暖化が縄文海進の時代と同じと証明できる人がいるだろうか。

まあ、いないのだろう。だから、グローバル・ウォーミングのアイコンであるグレタ・トゥーンベリさんを腹いせで攻撃したくなるのだ。

なかにはアスペルガー症候群を攻撃する輩も出てくる始末だ。そんな誹謗中傷は訴訟になってもおかしくない。

さて、グレタ・トゥーンベリさんについて、この映画で、もっとも重要なのは、彼女がどんな人物で、どんな気持ちで生活しているかだと思う。

集中しすぎて、父親に何か食べることをキツく諭され、バナナをほうばったり、同様に一息つくようにキツく促され、拗ねたようにベッドに横たわったりする姿は、普通の親子関係だし、親が娘を心配する様子がよく分かるし、娘として親とどう接するべきなのか腐心しているようにも見えるし、反抗期みたいなものかとちょっと微笑ましくなる場面もある。

そして、国連本部のスピーチに向けて、ヨットで大西洋を横断しニューヨークを目指す中、嵐の恐怖と戦いながら電話で母親に吐露した、本当はこんな風に気候変動のアイコンになることを望んでいたわけではないという気持ち、置かれた立場から感じる恐れ、そして、それでもユーモアを交えて母親に過度な心配をかけないようにする姿を見て、グレタ・トゥーンベリさんは、当たり前のことだが、ごく普通の女の子だということが判る。

彼女をアイコンとして利用しようとするもの、自ら何も証明せずに、これを攻撃する連中、僕たちの世界の問題は気候変動だけではないだろう。

国連本部での、グレタ・トゥーンベリさんのスピーチは、かなり緊張していたように思う。当たり前だ。

だが、映画では記録されてはいないが、その後しばらくして、銃規制を求めるアメリカの高校生のデモ・集会の前で、彼女が話したスピーチは、語り掛けるようで分かりやすく、とても印象的だった。

グローバル・ウォーミングは喫緊の課題だ。だが、もう少し冷静に考えて、自らどのように取り組むのか思料する視点が、多くの人には欠けているように思う。

僕もまだまだだけれども、片道5~7キロ程度だったら自転車で移動するし、公共交通機関も出来るだけ使わない。自動車を利用することはほとんどなくなったし、赤身肉はほとんど口にしなくなって、オフィスのコーヒー用のプラスチックカップや、紙コップは使わずストージョを持って行っているし、他には何かできることはないか、少しづつだけど考えている。
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