ちろる

パワー・オブ・ザ・ドッグのちろるのレビュー・感想・評価

パワー・オブ・ザ・ドッグ(2021年製作の映画)
3.8
ピアノレッスン』などのジェーン・カンピオンが監督を務めたドラマ。
原作があるのでもちろんだが映像がとても文学的。

完全なる無骨な男社会で成り立っていたフィルが支配するカウボーイの世界。
しかし弟ジョージが食堂の女ローズと心を通わせ、結婚することになったことに納得いかないフィルは2人に残忍な仕打ちをして追い詰めていく。

フィルの威圧的な態度に怯え、苦しむローズに同情するのだが、フィルの本当の姿が見え隠れした時、男は男らしくという、保守的な考えが当たり前だった時代に同性愛者であることを隠して必要以上に男らしく振る舞わざるを得なかった粗野な大牧場主の苦しみにも向き合うことになる。

やがて大学の夏休みを利用してローズの連れ子であるピーターが牧場を訪れたことをきっかけに、ピーターとの関わりを通じて心境に変化が訪れていく。

過去の愛に囚われていたフィルが、目の前のピーターにかつての幸せだった自分を重ね、少し生きる希望を持ってしまった。
マッチョな自分を演じることの限界が来てしまったのかもしれない。
この鬱屈した男フィルをベネディクト・カンバーバッチが演じたことで、決して派手ではないこの作品がグッと引き締まっている。
この作品の成功は彼の存在感の見事さのおかげだろう。

この物語の中心にいるのはフィルで、物語の語り手はピーターだ。
ピーターは、虐げられる母を守る決意を固め、そして母の再婚を経て、母の幸福のために何をすべきかを考え学んでいく。
賢く優秀なピーターは医学部に進学し、夏休みに牧場で一夏を共に過ごすことになった。
この頃には、ローズは酒に溺れアルコール依存症となり寝てばかりいるようにみえる。
そして、そんなローズを牧場の皆は見て見ぬふりをし、旦那のジョージでさえ手を差し伸べない。
ピーターは、母のことは自分が守るんだと、固く決意して行動を開始するのだが、見終わって思えば、すでに彼の壮大な計画が始まっていたと分かる。
ピーターはあえてフィルに近づき、仲良くなる
その過程で、その奇妙な交流で、互いのセクシャリティが僅かながら繊細に交差させる。

フィル自身のジェンダー的問題に触れたピーターは、その繊細なやりとりで培われた関係性の中で、ラスト突然ピーターの残酷さというものが明確になりゾッとする。

登場人物すべてのことが全部理解できるわけではないから、始終不気味な感じで、その不気味さはラストに一気に吐き出されるよう。

恐怖で支配され、緊張感でピンと張られた牧場に皮肉にも平穏が戻るラスト。
先の読めない展開のおかげで最後までハラハラドキドキしながら観ることができた。
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