kmtn

世界で一番美しい少年のkmtnのネタバレレビュー・内容・結末

世界で一番美しい少年(2021年製作の映画)
-

このレビューはネタバレを含みます

ビョルン・アンドレセンの地獄について。


「ベニスに死す」を撮ったヴィスコンティはイタリア貴族の傍流で、本当のブルジョワジーだった。


ビョルン・アンドレセンには父親がいなかった。誰に聞いても父親についてちゃんと答えてくれる人はいない。
母親はある日姿を消して、森の中で死体で見つかった。
そんな訳で彼は妹と祖母に育てられることになった。


ビョルン・アンドレセンは音楽家になりたかった。
年老いた今でもたまにピアノを弾く。
祖母はそんな彼に「俳優になれ」と言った。特に祖母は彼のことを考えて言ったわけではなかった。ただただ有名人の祖母というフレーズが欲しかっただけだ。
ビョルン・アンドレセンが映画の撮影中、撮影現場で、無邪気にはしゃぐ彼女の姿が残っている。


ヴィスコンティは「ベニスに死す」のオーディションでヨーロッパ中を周り、ビョルン・アンドレセンを発見した。
ヴィスコンティは生唾を呑み込む様な表情で彼をひとしきり眺めると、服を脱ぐ様に言った。
ビョルン・アンドレセンは明らかに当惑していた。意図は分からずとも、そこに大人の黒く煮詰まった感情を感じ取ったのだろう。彼はゆっくり服を脱いだ。
そうしてビョルン・アンドレセンの人生の地獄は始まる。


映画の公開で一躍世界の大スターとなった後、何人ものパトロンが彼を横に侍らせた(それも極小の金銭で)。まるで彼はアクセサリーの様だ。そのアクセサリーはとても美しいが、身につけている人間自身は驚くほど醜悪であった。


ヴィスコンティに捨てられると彼は日本にやってきた。
日本人は美しい、童話の世界から転がり出てきた様な彼に金を払うからだった。
「ベルサイユのばら」の池田理代子は言った。「オスカルのモデルはビョルン・アンドレセンなんです。彼は当時から悲しみを帯びた表情をしていた。本当に悲しみを背負っていたんですね」
何故か池田理代子は笑顔をたたえながらそう話していた。
何が楽しいかよく分からなかったけれど、彼女は笑顔だった。


そんな彼も結婚をして、子どもをもうけた。
ある日、泥酔した彼は生まれたばかりの息子の横で深く深く眠っていた。
目が覚めると、息子は亡くなっていた。
死因は乳幼児突然死症候群で、別に彼のせいという訳でもなかった。
それでもビョルン・アンドレセンは自分があの日飲んだくれなければと自分を責めた。
結局、結婚生活は破綻した。


ビョルン・アンドレセンはミッドサマーで唐突にシーンに再び現れた。でもそれだけだった。
今も彼は「世界で一番美しい少年」の時に囚われている。彼はただ巻き込まれただけだった。
名誉心だけ旺盛な馬鹿な祖母。
自身の性的嗜好に安易に彼を巻き込んだヴィスコンティ。
10代の少年をただただ消費し続けた日本社会。
そのほかのくそったれな大人たち。
とてつもない悲しみと、その連鎖。ビョルン・アンドレセンは美しかっただけ。それだけだったのに。
kmtn

kmtn