deenity

ちょっと思い出しただけのdeenityのレビュー・感想・評価

ちょっと思い出しただけ(2022年製作の映画)
4.6
最近なかなか映画を見てもレビュー書くまでの時間が確保できなくて、そんな映画がどんどん溜まるから記憶が薄れてしまってまた見直すために二度目の鑑賞、ってことが増えています。
本作もそんな感じで再鑑賞したわけなんですが、最初に見た時には感じなかったことを今回はもの凄く感じることができて、こういう見方もいいなと思えたりしています。

そもそも本作自体が見る人、見るタイミングによって刺さったり、そうでもなかったりする作品でもあるのだろうとは思います。

タイトルにもある通り、ちょっと思い出したくなることって人間誰もがあるじゃないですか。人それぞれが違った過去を経験していて、あの時こんな失恋したとか、こうやってすれ違ったよなとか。何なら付き合うに至らなかったパターンも含まれるかもしれないですね。
とにかく、今の自分が置かれている状況が不幸だってわけじゃない。不満を抱えているわけでもない。だけど、あの時こうだったら違った今があったのかもしれない、と思うこと。そういう誰しもが経験したことのあるあの感情を揺さぶるのが本作なんですよね。

だから今が幸せの絶頂で過去なんて気にもならない、って人というかタイミングには刺さらないでしょうね。むしろ、ふと立ち止まって過去を振り返ったりしているタイミングで見たらブッ刺さる作品だと思います。
冒頭に21歳のギャルママが出てきて、「今が最高」なんてはっきり言うけど、「でも昨日まではやばかったんだよね」って呟くシーンはまさに象徴的ですね。今の自分に至るまでの各々の過去をちょっと思い出して向き合うような作品でした。


ネタバレに触れるのでご注意ください。


本作は照生と葉にとってのある1日を過去に遡って見せていくという時間軸を入れ替えた作品です。だからこの2人の別れというのは確定的であり、その2人に何があったのかというのを少しずつ見せていくという作りになっています。

池松壮亮演じる照生は怪我によってダンサーを諦め、伊藤沙莉演じる葉は女性タクシー運転手。
別れの原因は考え方の違いですね。言葉にしなくても伝わるだろうという照生と、言葉にしなきゃわからないという葉。映画を見ながら何気なくそこに触れるシーンなんかがありましたが、根本の部分でそこの食い違いがあったわけですね。
そこに照生の怪我があり、心配かけたくない照生と支えたい葉が決定的にすれ違っていくわけです。
あのタクシーの長回しシーンはとにかくしんどかったですね。自分もああいうすれ違いでぶつかった経験があるからこそ、どうしようもなく心がえぐられる思いがしました。

でも悪いことばかりではなく、幸せな時間があったのも事実。「来年プロポーズしよ」とか、恋愛映画みたいなクサいシーンとか、その時々は幸せな瞬間なんですよね。
何なら付き合った時のあの初々しいまでの告白とかは今となってはできないほどに純粋で真っ直ぐ言葉で表現していたり、出会いこそは最悪でもその後にこの人いいかもと思えるくらいに素敵な時間があったり。ふと思い出した時に過去がただ嫌な思い出なのではなく、「あの時たしかに幸せな瞬間があったよな」と思えたりして、本作の鑑賞後感の心地よさってそういう余韻にあると思うんですよね。でもだからって決してあの時別れてしまったことでの現在への後悔ではないんですよね。だって今が幸せであることには違いないし、恐らく付き合ってたって根本的なズレがあることに代わりはないのだから。

そういう未来もあったのかもしれないと、ふと思い出す余韻。『ラ・ラ・ランド』のラストの感じに近いですかね。
だからあの出会いの日に古ぼけた商店街でのダンスシーンがありましたが、あそこが現在のライティングスタッフとなった照生と葉だったなら、と思い出してしまうシーンは至高だと思います。

それにしてもニューヨークの屋敷さんの持ってき方が最高でしたね。あの芸人という特性を活かした話し方からチャラチャラした男を連想させておいての裏切り方。でもたしかに葉にとって求めていた人ってちゃんと言葉にする人だから合ってるんですよね。してやられました。
deenity

deenity