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オッペンハイマーのTSのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.6
【映画史に残る重要作品】96点
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監督:クリストファー・ノーラン
製作国:アメリカ/イギリス
ジャンル:ドラマ
収録時間:180分
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 2024年劇場鑑賞11本目。
 第96回(2024)アカデミー賞作品賞受賞。
 最近映画熱が少し冷めていまして、そんな中、あのノーランで且つアカデミー賞をとったと言われても、難解と噂されていて3時間もあるとなると流石に躊躇してしまいます。ただ、みなさんもご存知の通り、公開までに本当に様々なハードルがあったため、逆に気にはなっていました。ようやく公開となり、これは早く観ないとと思い、朝イチのIMAXで鑑賞しました。

 はい。度肝を抜かれました。傑作、と言えばやや語弊がありますが、映画史に名を残すには申し分ない重要作品と感じました。昨今はポリコレ重視の傾向があるため、正直最近のアカデミー賞作品賞はパッとしませんでした。個人的には去年のエブリなんとかというやつなんて最低。と感じましたし、今年はどうなんだろと思っていました。なんだろう、こういう物議を醸すような作品がアカデミー賞受賞となると、またアカデミー賞は新たな道を歩んだのかと思えてしまいますが、とにかく重厚で考えさせられる、心が抉られる映画でありました。ただ、やはり難解であり、3時間ほとんどが会話劇であるため、戦争や虐殺のシーンなんて一切出てきません。おまけに時系列も滅茶苦茶であり、いちいち頭をフル回転して整理しないといけません。まさに人を選ぶ作品であるため、評価は分かれそうですが、それでも今作は非常に重要な作品となりそうです。

 さて、オッペンハイマーという科学者は巷ではそこそこ有名なのですが、アインシュタイン程の知名度はありません。しかし、今作の影響で知名度は跳ね上がるのではないでしょうか。彼はいわゆる原爆の父と呼ばれていて、マンハッタン計画でかの原子爆弾を発明した張本人なのですが、本人はこの呼び名を好んでいないでしょう。僕は完全文系であるため、正直劇中での物理の話は何を言っているのかさっぱりわかりません。このあたりがわかる人は今作をさらに味わえるのだと思うのですが、それでもなんかすごい話をしてるのだなと割り切ってなんとかいけます。それよりも、当時の世界情勢、つまり第二次世界大戦時の簡単な世界史を知っておかないとついていけないと感じます。幸いにも自分はそのあたりの知識は最低限持ち合わせていましたので、なんとか話についていくことができたと思います。物理の話、世界情勢の話、オッペンハイマーの苦悩と葛藤、今作はほぼこのあたりに重点が置かれているため、ここがクリアできないと今作は苦しいかと思います。

 ところで、今作はそういうところに重点が置かれているとあらかじめ聞いていたため、わざわざIMAXみたいなハイスペックな環境で鑑賞しなくても良いのでは、と思っていましたが完全に嘗めていました。これは是非とも追加料金を出してでもハイスペックな環境で見た方が良いと思いました。確かに戦争などの迫力のあるシーンはないのですが、今作は効果音の使い方や音楽の迫力が凄まじいのです。特に冒頭のオッペンハイマーの頭の中で繰り広げられる量子力学の世界?が映像化されて、その効果音が全て度肝を抜かれます。そして、やはり原爆を開発しようとしてるのですから、それらの空想上での描写が度々されます。爆発音は凄まじく、しかも静のシーンからの爆音なので非常に驚いてしまいます。また、オッペンハイマーが原爆を開発して、実際に広島や長崎にそれが落とされてからの感情の変化が凄まじく、キリアン・マーフィの演技も言わずもがな素晴らしいのですが、映し方や感情を表したような曲が素晴らしさに拍車をかけています。そりゃあ、撮影賞や作曲賞も総ナメしてしまうわけですよ。従って、地味な展開なはずなのにIMAXで観た方が良いという稀有な例と思われます。

 さて、今作はノーランの意図もあるのか、戦争シーンは一切書かれません。一番日本人が神経質になってしまう原爆の開発、そして原爆投下の描写についてですが、原爆の投下シーンなんて一切書かれません。淡々と男たちの中で投下の候補地が決まっていくシーンしか描かれず、そこが論点の一つなのかもしれません。しかし、そんな胸を抉るシーンを誰が観たいのでしょうか。むしろ、映画内でそれを描いてしまえば、日本人を必然的に悲劇の民族としてしまうような感じがしてなりません。いや、原子爆弾は間違いなく大量殺人兵器であり、有無を言わさずにアメリカが悪い、という意見も非常に多いと思うのですが、今作は誰が悪で誰が善かを決める映画ではないということだけは理解しておいた方が良いでしょう。戦争なんて、どの立場からみても敵こそが悪であり、また戦争の勝者こそがこの世の正義となってしまうのです。どの国の人にも守るべき家族がいる。アメリカの視点で言うと、その家族を守るためには原爆の開発は仕方なかったのだと。それを証拠に、トリニティ実験が成功した後の彼らの歓喜をみたら唖然となり、また唸らされてしまいます。彼らにとって、少なくともその瞬間は、原爆の開発は正義であったのです。

 ソ連だのナチスだの、様々な勢力の名前が出てきますが、本当に確信犯のように、どの陣営の戦況も描いていません。このノーランの手法により、我々は映像的にはフラットな状態で、オッペンハイマーをはじめとする科学者達の原爆開発の様子を目の当たりにすることができます。どこまでの発言が史実通りなのかはわかりませんが、少なくともオッペンハイマーがたどり着いたあの感情は史実通りではないのでしょうか。

 地味だが非常に唸らされる映画。ただ、これだけ言っておきながら映像的な見せ場が全くないということでもありません。映像的に最も迫力があり、印象に残るのはロスアラモスでのトリニティ実験でしょう。もうこのカウントダウンが心臓に悪すぎる、と思っていたらオッペンハイマーも同じことを言ってきたので驚きました笑 初めて原爆が真夜中の空で爆発した光景。人類は神の力を得たと言わんばかりの神々しささえ感じてしまう映像。と言えば失言になるので恐縮ですが、同時にあの力をこれからアメリカが自由に使えるのかと思うと恐怖心を抱いてしまいました。爆発シーンも無音なのでやたらと印象に残る。映画史に残るシーンでしょう。

 長くなりましたが最後に、映画史に残るといえばもう一つ、ひっくり返ってしまいそうなセリフを吐いた人物がいました。それは、オッペンハイマーと面会したトルーマン大統領です。もう彼のあの一言は、多分一生忘れないと思います。それくらい衝撃的で、権力者の全てを具現化したかのようなものであり、終わってからも考えさせられた一言でした。そのあたりも注目していただけたらと思います。

 ということで、今作は題材そのものに加えて『バービー』との不適切なコラボの問題もあり、日本公開が遅れ物議を醸した問題作であるので万人に勧められるようなエンタメ作品では決してありませんが、映画史に名を残す重要な作品であることは間違いなさそうです。何よりもアメリカがこんなものを自国から出してしまうのが凄まじいと思いましたね。これで映画の歴史もまた動くことでしょう。個人的には恐らく今年のベストクラス作品になると思います。
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