ベルベー

オッペンハイマーのベルベーのネタバレレビュー・内容・結末

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

まず、原爆を肯定する内容では全くないです。むしろ壮絶なまでの反戦映画。

問題は、これだけの反戦映画を作って、オスカーも総なめにさせたハリウッドが、現在進行形のジェノサイドには概ね肯定的で「関心領域」のジョナサン・グレイザー監督のスピーチを批判していることである。こっわ。サイコパスかよ。今も原爆が、オッペンハイマーが生み出した狂乱の渦中だということに無自覚だとでもいうのか。或いは、この狂乱を終わらせることはできないという諦観か。いずれにせよ怖いと感じた。そして、だからこそ非常に興味深い映画体験だった。

映画として良く出来ていたか…端的に評価するのは難しい。何故なら、ギミックに頼ることができない時のクリストファー・ノーランって、監督としては結構凡庸な人だと思うからだ。「メメント」「プレステージ」「インセプション」「ダンケルク」「TENET テネット」等、難解と称される時のノーランは別に話が難解な訳ではなく、単にギミックに凝り過ぎている節がある。ギミックを考える能力、それを映画として成立させる能力に関してはノーランは間違いなく天才だと思うが、ギミックにかまけて他が疎かになっていることも多い。先に挙げた中で、上手くバランスが取れていたのは「インセプション」くらいじゃないだろうか。

一方で、ギミック頼りじゃない時は演出家としては意外と普通なのがノーランだ。「インソムニア」とか「ダークナイト トリロジー」三部作とか。アイデア一発勝負が出来ないと、途端にノーランの演出は基本に忠実な、悪く言えば凡庸なものになる。例外は「インターステラー」くらいだが、あれもキューブリックとキャメロンを研究しまくった結果な気がするし。

そう、研究しまくっている。多分ノーランは自分の凡庸さを自覚しているのだ。ギミック頼りじゃない時の方がむしろ丁寧で、観客の方を向いた演出をするようになる。「ダークナイト」とかまさにそんな感じでは。そして今回の「オッペンハイマー」は、凡才のノーランが、凡才故に必死に真摯に作り上げた秀作という印象を受けた。

自らの行いに恐怖するオッペンハイマー。同胞達の足踏みや歓声が狂気に聴こえ、犠牲者の姿を幻視する。決して特異な演出ではないが、そのスタンダードさが分かりやすさに寄与していて良い。どうすれば効果的に心に残るか、丁寧に計算され演出されている。

本作の大きな山場となるトリニティ実験にしてもそうで、時間差トリックとかで観客を翻弄できないからこそ、いや今回は翻弄してはいけないからこそ、ストレートに爆発の脅威を描いた。その後やってくるアメリカ人の狂喜乱舞と恐れも。「原爆の恐ろしさを描いていない」という声もあるが、全くそんなことはない。ある種扇状的にも見えてしまうような、直接的な描き方をしていないだけで、オッペンハイマーがやってしまったことの恐ろしさは適切に、否定的に描けていると思う。

そもそもの発想がナンセンスだろ…って演出もあったけどね笑。公聴会で私生活を晒されるオッペンハイマーを、会議室でセックスしている構図で見せたのはダサかったし、ストローズを不信任にした若手議員がいた…その名は…"ジョン・F・ケネディ"!なんて、そんなジョン・ブレイクの本名が実はロビンみたいなテンションでやられても。ダセえ。

あと、構成の方はギミックに寄っちゃったのが惜しいなというか、こちらは最早手癖で修正できない感すらあるノーラン。登場人物が多くて覚えづらいだろうから適宜前回登場シーンをインサートするとか、そういう配慮はしているのに、その前段で、変則構成が変則すぎて戸惑う。

ストローズ視点の時が白黒になるのであって、時系列に起因しているのではないよ、むしろストローズ視点の話は時系列的には後ろも後ろの方だよとか、その法則に気づくまでにこっちは結構な量の情報を見落としちゃうんだよ!まあストレートにやりゃいいのに出来ないのもここまでくると個性だし、もう一回見直すかあと思えるくらい面白いのだから、惜しいと言いつつ文句があるというレベルでもない。3時間あるけどもう一回見直すかあと思えるって凄い。

で、合間合間に挟まれるストローズ視点の公聴会及びオッペンハイマーへの聴聞会(この2つの出来事に5年のタイムラグがあるということ、説明されていたかもしれないけど見落としていたようで最初超混乱しました)が収束する第三幕。ぶっちゃけるとここが面白くはない。が、面白くないと思うことが面白かった。

原爆の父、救国の英雄となったオッペンハイマー博士ですがその後権力闘争、赤狩りに巻き込まれ窮地に追い込まれていく…というのが丹念に描かれるのが第三幕なんですけど、やっぱり原爆落とされた側の国に生まれた者としては「んなこと知ったこっちゃねえ」って思っちゃいますよね。オッペンハイマーというかアメリカ人的にはここからが大変!なんだけど知ったこっちゃねえすよ。

アメリカ人が広島と長崎で被爆した人々の人生に寄り添おうとしない、というか寄り添えないのと同じく、私は第三幕に寄り添えなかったです。だから第三幕は面白く観られなかったんだけど、でもオッペンハイマーの物語として収束していく様は良く出来ていたし、暗澹たるラストにも上手くつながっていたと思う。あんなに構成をゴチャつかせる必要はなかったよなとも思うけど笑。

オッペンハイマーに寄り添えないと書いたけど、まあそもそも人格的に大いに難ありな人物として描かれているオッペンハイマー。性欲モンスターだし。それで愛人を失っているのにまた人妻と不倫してんだもんなあ後半サラッと明かされたのに笑っちゃったよ。いや最低じゃねえか!って。

同時に笑えないのは、ジーンが死んだ時にあれだけ動揺して罪悪感で苦しんでたのにオッペンハイマーはまた不倫したということで、つまり人並み(もしかしたら人並み以上に)罪悪感は抱くけど真の意味で反省はできない男なんだよなオッペンハイマー。だから自らが生み出した原爆が残した傷跡に恐れ慄くけど、それはそれとして、本当に誠意ある償いができたのか、しようとしたのかには疑問符がつく。

それが顕著に表れるのがラストシーン、いやラストじゃなくて冒頭で描かれたアインシュタインとの邂逅の詳細を明らかにしているだけで時系列的には全然ラストじゃないんだけどややこしいな!兎に角ラストシーン、なんかアインシュタイン怒らせたっぽいが何言ったんだオッペンハイマーの真相が明かされるんだけど。

要は「危惧していた世界を滅ぼすような連鎖爆発は起きんかったけど、核兵器開発競争が起きたから実質賃金連鎖したようなもんだわ」「ちなみにあの時計算式見せたっしょ?あんたも知ってたよね、でも止められなかったってことだからね。一番悪いのは作った私だけど、でもあなたにも罪あるみたいなもんだからね」って流石にそこまでは言ってないがそう解釈するのが容易な発言をしていて、そりゃアインシュタインもキレるわ。そんなん言われたら罪悪感持たざるをえないし、何よりオッペンハイマーの他責傾向が見え隠れしていたから。

考えてみれば公聴会でジェイソン・クラークに詰められまくった時も「いや我々は」と発言する度に「我々はじゃない、私は、だろ!」と煽られていて、あの時は状況的にオッペンハイマーに同情しちゃうしジェイソン・クラーク嫌な奴だなってなるんだけど、観終わった後に振り返ると本質ついてたんだなあれ。オッペンハイマーは罪悪感を抱いていても、自らの罪を直視できていない。だから彼は罰を受けることも許されることもなく、生き地獄で苦しみ続けることになる。

結局のところ映画は創作なので、実際のオッペンハイマー博士がどうだったかは知りません。しかし、オッペンハイマーは1960年に来日したにもかかわらず、肝心の広島と長崎に訪れることはなかったそうです。

しかしよくこれだけのキャストが揃ったもので。そんな中で主演を務めたのが、どちらかというと名バイプレーヤーポジションだったキリアン・マーフィーというのも良い。主演男優賞には納得しかない。

圧巻だったのはロバート・ダウニー・Jr.で、これは間違いなくキャリアハイでしょう。アカデミー賞での態度で株が大暴落していたけど、今回の見事なクソ野郎ぶりを観るとイメージ通りじゃんと思ってしまった笑。演技に見えなかったもんな…こういう人いるわって感じだった。

マット・デイモン、オッペンハイマーの良き理解者ぽい雰囲気出しているけど日本にとっては最悪の男でしかなく、言うほどオッペンハイマーの助けになっていないのが味。善人ぽいけど行いはそうでもないというキャラが多いんだよな…エミリー・ブランド演じる妻も不倫からの再婚で行儀はよろしくないし。輪をかけてオッペンハイマーが酷いんだけど。トム・コンティ演じるアインシュタインもケネス・ブラナー演じるボーアも温厚そうな振る舞いだけど、冷徹な科学者の表情を持っている。デヴィッド・クラムホルツとかラミ・マレックくらいじゃないかずっと善良だったの。

あとやたらオッペンハイマーを敵視するデイモンの部下、ビル・スカルスガルドかと思ったらデイン・デハーンだった。10年振りくらいに観たな…ジョシュ・ハートネットも。で、ビル・スカルスガルドは出てなかったけど兄貴のグスタフ・スカルスガルドは出ていたっていう。「イングロリアス・バスターズ」のクリストフ・ヴァルツみたいなおっかねえ軍人、誰かと思ったらケイシー・アフレックだった。フローレンス・ピュー、出番少ないながら超キーキャラクターなんだが、身体を張っていて驚いた。ノーラン作品でここまで直接的に性行為を描くのは珍しい。

ルドヴィグ・ゴランソンの音楽、良かったんだけど鳴らし過ぎかなあ。役者の芝居が良いんだからそこまで雄弁にしなくても。やり過ぎと言えばジェイソン・クラークも超上手かったんだがやり過ぎで浮いていた気がしないでもない。

色々書きましたけど、間違いなく心を動かされる映画だった。でもこの映画がいくら売れようと受賞しようと、「ガザに原爆落とせばいい」とか平気で言う議員がアメリカにはいるんだよな。自らを省みることができないのは、オッペンハイマーではなく人類だったか。やりきれないね。
ベルベー

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