さいらー

オッペンハイマーのさいらーのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.5
オッペンハイマーの伝記映画として、至極真っ当な作りの映画だと思います。

もちろん映画全体を通して反核のメッセージが込められていたし、劇映画として楽しめないほど難しいということもない。
日本で懸念されていたよりもずっと見やすくて、ある意味普通の映画です。

ただこれは映画として普通レベルの作品という意味ではなく、ノーラン作品の中でもオスカーを獲るにふさわしい優れた作品だといえます。

ノーランらしくオッペンハイマーと同じ気持ちを体験できるように作られた本作。戦時中の原爆研究パートではプロジェクトX的視点から面白く観られるし、いざ原爆が完成し実験が行われるときは本当に「心臓に悪い」体験ができる。
そして原爆完成後、日本に投下されたのちの戦後パートではアメリカ国内の戦勝祝いムードとは裏腹に、オッペンハイマーと観客は地獄の門を開いてしまった後悔から強烈な戸惑いと罪の意識に包まれる。

劇中での日本の原爆被害描写はかなり間接的なものに留められているものの、オッペンハイマーの心中を描写するスピーチシーンは、実験シーンを差し置いて本作一番のハイライトと言ってもいいほどに強烈。
周囲の音が聞こえなくなり、自分の本心とは全く違う自分の言葉だけが響き、被害者の姿を幻視し、抱き合う男女や喜びで泣く家族や酒で嘔吐する男などは、オッペンハイマーには全く別の意味合いを持って映る。それはまるで被災地を歩くかのように、その場を後にする。

それ以降の裁判(ではないのだけども、あえてこう書く)のシーンでは無知なオッペンハイマーがその功績や本人の苦悩とは関係のないところで悪意ある周囲に貶められていく。


こうして整理すると、明確にノーランのスタンスやメッセージも見て取れるし、オッペンハイマーの伝記として真っ当であると思うのです。
日本での公開をここまで尻込みしていたのはなんだったのかとも思うものの、デリケートな問題であることもまた確か。

広島・長崎の直接的な描写がなくても被爆者の悲惨さなどは日本の教育を受けた日本人ならすぐに頭に浮かぶが、これが他国の観客にとっては十分と言えるのか?というのは日本人ならではの気がかりポイント。
しかしそこは、やはりあくまで劇映画監督としてのノーラン監督としてのバランスなのかなとも思う。

ノーラン監督らしいといえば、上記の時系列がシャッフルされて描かれるので、そこが普段あまり映画を観ない日本の観客の理解のハードルを少し上げているか。
でも確かに登場人物は多いがあまりにも豪華な有名俳優ばかりでそこまで混乱することもなく、原爆(核分裂)と水爆(核融合)の違いくらいが最低限知っておいたほうがいいかな、というくらい。

あと、基本会話劇でセリフの情報量が多いぶん字幕の字数制限か、苦しい字幕が結構あるので、ぜひ吹き替え版が見たいところ。