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オッペンハイマーのSQURのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.0
2時間、3時間の映画で、映画の奇跡は1回だけ起こればいい。ほんの一瞬でもいい。それだけでいい。映画にはそういうところがあると思う。

漫然と見ていると着いていけなくなる映画だ。観客は常に頭の中で状況を整理しなくてはいけない。『メメント』にも通じる語り方で、映像に浸り続けることは許されない。映像から離れ、頭を働かせ続けることを要求される。理解に頭の容量を割いていると徐々に疲弊してくる。そうして、映画全体を”‬皮膜”‬が覆っていく。

「オッペンハイマー」を覆うこの皮膜は、彼の人間的な部分に、観客が触れることを拒む。彼は果たしてどのような気持ちで原爆開発に参与し続けていたのか。彼はなにを目指し、なにを愛していたのか。そういったことは映画が進むにつれて、どんどんと皮膜の向こうへと隠れていってしまう。世界の奥底への彼の深い深い欲望は、時代の記述の中へと埋没し隠蔽される。

その皮膜が、3時間の映画の中で、ワンシーンだけ明確に、そして激的に断裂する瞬間がある。そこでこの映画の魂とも言える、映画的奇跡が起こる。予兆はすでにあった。トリニティ計画で消去された爆音や、水爆に反対するとき彼の脳内を踏み鳴らす音に、それは予告されていた。予告されていた皮膜の、映画的決壊。それは意味の皮膜によって抑圧されていた体験の世界の放流で、そして同時に、観客から隔絶されていた彼の科学者、そして人間としての矜恃の激流としてスクリーンに映った。

映画は2時間や3時間の尺の中で、この一瞬だけあればいい。この一瞬さえあればいい。
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