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オッペンハイマーの教授のレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
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本作は現状、観客からと批評家からも高い支持を得ていて、興行的にも大成功している(日本は某アニメでも観てるだけの国なので例外)中で、ちょっと褒め過ぎだと感じた。

クリストファー・ノーランは完全無欠の映画作家ではなく、巧みな監督だとは個人的に思えない。しばしば賛否両論となり、時に強く批判されるのには、それなりに理由があると思う。

というのは、どうしても一本の映画としての筋道を通った物語を語れる技量がないのではないか?という疑念。
物語を順序良く語ってみせて面白い映画を撮れる監督なのか、というデータが著しくフィルモグラフィの中に存在しないので、彼の作品に対する「胡散臭さ」は払拭されない。それは残念なことに本作でもあまり変わらずいつもの「ノーランの映画」だった。
特に「トリニティ実験」後のエピソード展開と、畳み掛けのようにストローズ(ロバート・ダウニー・Jr)が説明セリフを絶叫するのには唖然としたし、さすがにストローズの科学者たちへのコンプレックスや一方的な求愛を「アマデウスとサリエリ」のように描くには描写が不足し過ぎている。
といったように、ノーランが意図的に回避し続ける順当なストーリーラインには、相応の描写が求められるはずなのだが、相変わらず断片的でカタルシスが乏しい。

少なくとも序盤のオッペンハイマー(キリアン・マーフィー)の学生時代の苦悩と青春のエピソードはノーラン映画にない瑞々しさを感じて泣けた。
そしてロス・アラモス研究所設立から、マンハッタン計画、トリニティ実験の件に関しては「広島、長崎の直接的な被爆シーンがない」という騒動がバカバカしく感じるほど恐ろしくも感じた。
そこで「映画」としての役割はそれなりに充分果たしているという風には感じる。

ここで「日本人として」という主語が重要になるのだが、この「日本人として」という主語で映画を語るバカバカしさだ。
本作の主題が「核兵器の脅威」というものならはっきりと本作は失敗している。
しかし「オッペンハイマー博士」という実在の人物を描いた「映画作品」ならば、それは概ね成功している。その成功が主題ともし違うのではあれば本作は失敗だと思うだけだ。

ただ、ノーラン監督が本作で描こうしている「核兵器の脅威」は一端ではあれど、本質というほどでもない。
多くの時間はオッペンハイマーが「見た世界/妄想した世界」に多くの尺を割かれている。
そしてそれを客観的に切り取ったのが「公聴会」のシークエンスになる。

あとは悪役ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr)の私怨からの法廷劇という構成。

しかし、主題は野心と虚栄心がそれなりに強くあり、癖のある閃きやアイデアは時折正鵠を射るセンスもあるが、本当の天才になれないジレンマを抱えたオッペンハイマーとノーラン監督が素直に重なる。
ロス・アラモス研究所の建設は映画のセットであり(キッキンを作り忘れる点まで自己批評的)、原爆開発は映画撮影そのものである。
その自らの空虚さを出来るだけ冷徹に、偉ぶることなく素直に映画にした、という点が僕には大きな評価ポイント。

「原爆」というモチーフは、単に「プロメテウスの火」というモチーフと重ねたかっただけのように感じるし、そのことに対してヒステリックに「日本人として」というプラカードを掲げる気は全く起きない。
そのことで抗議すべき映画も、怒りをぶつける映画も他にたくさんある。

個人的にはノーラン作品の最高傑作に違いないが、それによって映画の巨匠入り、ということではなく、これまで通り雑なところは雑で、ただそれは今後もしばらく改善される見込みはないということはわかった。
ただ無邪気さに関しては観客の評価に甘んじることなく自省し映画に対して尊大な態度を取らなくなった点が僕は非常に誠実な映画だと感じた。
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