なんだかエットレ・スコーラのやっていることに悲しくなってしまった。
田畑智子のまなざしが素晴らしい。桜田淳子が母親役で出て来るとその家庭は大体良くないらしい。
ハンナ・シグラのおへそだけ三角形に出した青色のドレスが動くたびにキラリ。『リリー・マルレーン』はしばらく抜けなくなってしまうほど良かった。
アルマほど真摯に女でいることを意識していた女性像を久しぶりにみた。「わたしは今が旬なのよ」といって腰に右手を、髪の毛に左手を添えポーズをとった瞬間のアルマに心は拍手喝采。
それにしても酷いファム・ファタルだ。可愛らしくもセクシーにも、愛したくなるような要素が一つもないまましかしジョーを振り回さなければいけないのだから。
物足りないコンゴでの恋の描き方を含めても素晴らしい映画だった。シンメトリーなショットや儀式はオードリー・ヘップバーンの貞淑な姿勢、表情がぴったりで、彼女はこんなに尼僧に向いていたのかと驚いた。
小太りなアボット、のっぽなコステロ。このふたりのシリーズを観たのはこれが初めてだったが、滑りまくりのギャグが90分以上続くと滑稽で久しぶりに最高に失礼な態度で映画を観た気がする。良い。
こういう映画を観るとやっぱり部屋にあるポスターやレコード、本棚に目がいってしまい「映画と出版」について思考してしまう。音楽がティーンエイジャーのためのもので、とくにパーティーシーンでかかっていたDie>>続きを読む
好きな人の視線が欲しいがためにウィンナー珈琲を3杯同時に頼み、挙げ句口元を生クリームとそれによって溶け出す赤い口紅で汚すという行為に感動した。
バンリュウを扱う映画はケシシュ『身をかわして』も然りだがどうしても雑踏に捨てられた雑多な言葉たちに息をのまずにいられない。あっという間に過ぎてしまう少年少女時代の記憶のようであり、それは昼灯のもとでこ>>続きを読む
初めてドランを観た時、すきだと思った。見直すと味が変わっていたが、その気持ちは変わらなかった。
中学生のときこの作品を観たわたしは当時超アイラブユーだったギャロがベアトリス・ダルに食べられちゃうんじゃないかと思って本気で泣いたの。新文芸坐のスクリーンで見返してみて、今度は面白さに笑った。
3人の監督のオムニバス。一作目のアレハンドロ・アグレスティは長編を観たことが無いけれどああいうふうにクロワッサンを出して来るだなんてそのかっこよさに痺れてしまった。ドゥニの短編は歩く、その歩幅がいい。
決して傑作とは言えない突っ込みどころ満載のいびつな映画ではあるのだけれどわたしがこれを好きだと思うのは一つにエミリー・ブラウニングの絶対的な可愛さがあって、さらにはカセットテープとレコードのインディー>>続きを読む
感覚とセンスだけで乗り切る意味も理由も映画もない映像がなんだかとても良いと思えた。女の子はタンパク質としなやかな四肢、そして唇と皮膚と髪の毛と白いワンピースとまつ毛くらいでできてしまう。
澄み切った幸福感と同世代だということに素直に喜ぶただそれだけでわたしはドランを彼女達とともに追いかけ続けたいと思う。