ジェイD

すずめの戸締まりのジェイDのレビュー・感想・評価

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
4.7
日本人として避けられない震災。思い出だけでなく誰かをも失ってしまうような大地の気まぐれは、既に日常のすぐ真下に潜んでる。突然周りが変わってしまうのが有り得る世界だからこそ少しでも生きていたいという思いを忘れちゃいけない。残された人を通じて描かれる祈りのようなスペクタクル。

九州の高校生すずめはある日、扉を探す青年草太と出会う。全国で災いを呼び起こす後ろ戸を閉じ師として締める彼が呪われたのを機に各地で起こり始めた災害。最後に辿り着いた場所は…。

「君の名は。」から続く、災害と男女の出会いをめぐる新海監督のスペクタクル3部作。遂にというか、本当に真正面から震災を題材にするとは思わず驚愕でした。今の時代を生きる僕たちに未だに残る"あの日"の恐怖と無情。直接被災したわけでもない関東民の自分でさえ、あの大きな揺れに息が詰まりそうになったのをよく覚えています。

今作のベースとしては人に忘れ去られている寂しい場所に生まれる「後ろ戸」を閉めながらその要となる不思議な猫を追って全国を横断するというロードムービーが下敷きにあり、その先々で温かい人々との出会いに包まれながらその土地での災いを防ぐという軸が通っている。いろんなところの扉閉めていってるのにキャラ達の心は開かれていってるのいいよなぁ。

また、大自然の怒りじゃないけど荒ぶる神や幻獣というべきか。万物に生が宿っていてそれぞれに感情や気紛れさがあるというのも日本特有のファンタジー表現だなと。特にネコのダイジンは非常に興味深いキャラクターで、彼について考えるといたたまれない気持ちになってしまう…。

廃墟、立入禁止区域、かつて人がいた場所。思いが宿ってしまった場所というのはきっと各地にあるのだろうなと。特典に書かれていた監督の言葉を借りれば今作は、『場所を悼む』作品だとのこと。生活や約束はいつも当たり前のようにそばにあって、それが突然無くなってしまうことだってこの世界にはある。そうした刹那に思いを馳せてみるのが今作なのでしょう。

だからこそ震災を扱うことに納得もできました。大災害によって日常、はたまた大切な人を突然失った人がどれだけいたことか。土地そのものに染みついた人の思いに祈りを捧げる過程を見た気がします。

もちろん、実際に被災されて今を生きている方々の思いは到底計り知れないものでしょう。今作のファンタジックな設定にノれなくても間違いではありません。あるシーンでの会話の通り、どれだけ新海誠の超作画と演出が美しいとしても、今作を意外と綺麗だったなんて言葉一つで片付けることなんてできない。映画(虚構)と違ってあの日は現実でしたから。

少しばかり客観的な視点で出来ているような一本ですが、そのメッセージは素直に受け取りたいです。そもそも新海さんはある程度の脚本やキャラ立ての粗を引き換えに得る美しすぎる綺麗事や偏りすぎた愛やメッセージから生まれるカタルシスをドカンとぶつけてくるのが非常に上手い方なのでそこにチューニングできたら観やすいと思います。日々、人は無意識の中でもっと生きていたいと思うものだし、誰かと一緒にいたいと思うものです。突然失ってしまうこともあるかもしれないけれど、いつかは悲しみと向き合って自分を未来に導けるようになるし、決してそうした過去は風化させてはいけない。戸締まりをするのはどこかに出かけるため、それを強く感じる作品でした。
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