よっしい

生きる LIVINGのよっしいのネタバレレビュー・内容・結末

生きる LIVING(2022年製作の映画)
4.9

このレビューはネタバレを含みます

去年から待ち望んでいた映画を、
公開初日に視聴してきました。
原作は、黒澤明監督の現代映画、『生きる』。それが半世紀以上経ってイギリスでリメイクされました。

志村喬(たかし)さんが演じた、余命幾ばくもないサラリーマン役を、ビルナイが演じています。
そして、脚本は『日の名残』を書いたイシグロカズオ、、、期待せずにはいられません。

観終わって間もないところでこのレビューを書いています。
オチを知っているのに、涙が止まりませんでした。
黒澤映画で受けた共感、悲哀だけでなく、
この作品ならではの演出があり、
本当見ごたえのある作品です。

気づいたところを散り散りに残します。

1 第二次世界大戦後のロンドン

地球の真裏で戦後の日本に似た設定ができるのか?
設定を心配していましたが、時代背景が近い(1952年の日本から、1953年のイギリス)ため見事にマッチしています。

男性は紳士たれ。
服装も、趣味も、発言にも気を使え。人前でジョークを飛ばすなんてもってのほかだ。

保守的な雰囲気は、むしろ日本以上に今回のテーマ、『本当の意味で生きるとは何か、生き甲斐とはなんなのか?』、を浮き彫りにする、よい土台となっています。

2 ウィリアムズの最期の仕事をどう評価するのか?

後半の描かれ方からクリエイターの違いかはっきり伝わってきて面白いです。

黒澤監督は、主人公にかかわった市民(主婦の会のみなさん)にカメラを向けることで、故人の命がけの仕事を厚顔無恥にも横取りするホワイトカラーに、冷や水を浴びせていました。

その主旋律は変わっていないのですが、今回の場合は、その冷や水が、「人肌」くらい甘めになっています。
生存している大の大人たちに赤っ恥をかかせる、シニカルさがあまり感じられません。

それが良くない、ということではありません。
イシグロさんが伝えたいメインメッセージはそこでは無かった、ということなのでしょう。

3 彼が最期の数ヵ月で見せた情熱は、継承されるのか、されないのか?

この表現にも興味が湧きました。
今回の作品の方が、より理想的な美しい終わり方で幕を閉じます。

これも黒澤版より優れている、という優劣の話ではありません。
黒澤監督は、皮も剥かず、下茹でもされていないジャガイモをはっきり切り分けたような、よりリアリズムを求めた印象があります。
社会問題、というと言い過ぎかもしれませんが、人の本性、汚いところをそのまま見せてくるようなストーリーラインでした。

今回は少し違います。
同じシーンが展開されているようでいて、関わった若人たちのアフターストーリーにも触れている。
そのため、ある種の絶望感に終止せずに、個人的な幸福感という、大人びたエンディングも分かりやすく観客に届けられている。少し変わって見えるのです。
半世紀たって、角がたっていた味が丸まった、と言えばしっくりくるでしょうか。
昔母親が作っていた梅酒を思い出します。1年目の梅酒は酒の味と梅の味に境目がありますが、年を重ねるごとに渾然一体とした味わいになります。

ウィリアムズは幸せな最期を迎えた。
そして、そのあとには彼の死からなにも学ばない人々の絶望と、そうではない一縷の希望が、「どちらも残った」。という幕引きです。

子供じみてしまった、という表現は不適切で、もう1つの円熟した最後です。


まだまだ書き足りませんが、このくらいで。

最後に、この映画はいつの時にも思い込みを破ってくれる、人生の指針になっています。
この映画から同じ体験ができた方がもし他にもいらっしゃったら。
お互い、いい映画見ましたね、と飲みに行きたい気分です。


・生き甲斐とは、地位や給料、食事、酒、風俗、形式的なマナーで満たされるものではない。もっと深いところにある。
・そして、生きるとは、ただ生存することではない。

【参考文献】
・『イワン・リッチの死』トルストイ
・『生きがいについて』神谷恵美子
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