阪本嘉一好子

生きる LIVINGの阪本嘉一好子のレビュー・感想・評価

生きる LIVING(2022年製作の映画)
5.0
生きるって、生きていることってなに?どんな状態?この映画を見て改めて考えさせられた。人間っておいさき短いと知った時、こんなにパワフルになり、物事を成しとけることができるの?結局は子供のための公園に尽力を尽くしたけど、ウィリアムズ(ビル・ナイ)は初めは子供のためにと考えたわけじゃない。自分で生きがいを見つけたかったわけだ。信念を持ってやり遂げたことが何もなかったから。こんなことを考えながらもこの映画は泣けた。

公務員のウィリアムズは元部下であるマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)に自分の苦しい気持ちを伝えることができたというということが生きる気力を導き出したということだと思った。この喫茶店でのシーンはマーガレットと同様に泣けてしまった。マーガレットの優しい眼差しが、私の心も癒してくれた。ありがとう、マーガレット、ウィリアムが言いたくなるまで待って、そして、聞いてあげてくれて。息子、マイケルの代わりに聞いてあげてくれて。

レストランであった通りすがりの男にも自分の心の中を見せたがウイリアムズに生きる決心させるものはなかった。一人で息子を育て、無気力のお役所仕事を長く続けすぎて、心が凍りついてしまい、息子にも心の中を見せることができなかった。というより、言い出すチャンスをつかめなかったのかもしれない。息子だって聞く耳をもってなかったわけじゃない。「若い女と一緒に?」という先入観に囚われすぎていたのだ。『息子は自分のことでいっぱいだから』と言って息子を思いやり躊躇してしまうウイリアムズ。お父さんだね。

黒澤明の『生きる』から生きるっていうことをこの映画ほどは感じ取れなかった。なぜかというと、例えば、葬儀の通夜のシーンでの日本社会の縮図(お役所仕事、公園建設は誰の功績かを謙遜し合っていうが、自分の功績にしたがる上司などなど)が見られ、おかしくなってしまって、個人の心の中より、第二次世界大戦後の社会構図の方に興味があった。それが、また、現状維持という名で今も?続いていっていることを皮肉っているのに興味があった。
そして、また戦後の歴史の人間模様を天下の黒澤は的確に描いている。それが『お笑いのような、バカさ加減』になり手にとるようにわかる。それに対比した志村喬のクソ真面目な演技が心を打った。

しかし、この映画では当時、男はよく新聞を読んでいて、上司の前では閉じて会釈する。それに回りくどいような肩っくるしい英語はなるほどと思うが、その反面この映画のロンドンの戦後の復興時代は私は何もしらない。文化を知らなすぎたので、文化背景を知って映画を鑑賞するより、もっと普遍的な人間性や人間関係に注意を向けることができた。
例えば、ウィリアムズ人間の生き方、特にウイリアムズの葛藤が手に取るようにわかり、彼は聞いてもらうことによって癒やされ、次のステップに行ける力強さに感動した。それに、彼の部下の通勤列車の中の会話も酒が入ってないせいか(黒澤のは通夜で酒の場)真剣に聞こうとしている自分に気がついた。イシグロの脚本は当時のイギリス文化を上手に取り入れてると思うし、黒澤明の『生きる』の良さを十二分に生かした秀作だ。ビル・ナイも志村喬と同様、演技派だ。うまい。