スワヒリ亭こゆう

TAR/ターのスワヒリ亭こゆうのネタバレレビュー・内容・結末

TAR/ター(2022年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

ケイト・ブランシェット主演の話題作。
米国アカデミー賞ではあまり話題にならなかったですよね。でも、本作を観れば如何にアカデミー賞が映画の優劣を決める場ではなくなった事がよく分かります。米国アカデミー賞の主要部門にノミネートされた作品はほぼ観ましたが、本作が圧倒的に良かったです。
本作の様に映画のストーリーが何処に向かっているのかを観客に予感させつつも妖しげに進む為、掴みどころがなく緊張感と没入感を齎してくれる映画は面白いです。

本作のタイトルは主人公リディア・ター(ケイト・ブランシェット)の名前です。リディアの人間性を描いてる作品です。
ベルリン・フィルハーモニーの首席指揮者という実在する音楽団の指揮者という役柄で、本作では実在の人物や団体なども使われてるみたいですね。(バッハやベトーヴェンは当たり前だけど)
なので本作はノンフィクションの様なストーリーにも感じられて、ベルリン・フィルハーモニー首席指揮者はこういう暮らしで、こういう仕事をしてるのかなって思ってしまいます。実際のところは判断出来ないですが、映画に説得力を持たせてる意味では良い演出ですね。

で、肝心なストーリーに関してですが、リディアというベルリン・フィルハーモニーの権威がいる。キャリアはもう直ぐ完璧なものに仕上がる直前の話なんですね。
そして首席指揮者という立場の権力を振るうリディアと現在の世論や権力に従ってる人がどの様な対応に出るかの話です。
単にネットで炎上するというだけの話とは違い、本当にすごい才能を持っている人がネットで叩かれて立場を追われる時代ですよね。その是非を問う作品だと感じました。

才能のあるアーティストやアスリート等、替えの効かない才能に対しての敬意の欠落。またはその才能に胡座をかいて、権力を振り翳す横暴。
この問題に関して、もっと議論が必要なんだろうと感じました。

リディアが公私共に可愛がっていた若い指揮者が二人いて、この二人が去る事でリディアの人生が狂っていくんですね。
それまで完璧で強い女性像を演じていたケイト・ブランシェットが段々とおかしくなっていく。歯車が狂っていくと言った方が良いかもしれませんね。
冒頭の指揮者としての権威が見られるインタビューシーンと打って変わって頰はこけてやつれてしまう終盤のリディア。
ひとつの作品でここまで人相が変わるのかと思いました。

権力者が落ちぶれていく様を面白がる映画。とは思えなかったです。
意見はかなり割れると思うんですが序盤で学生に講義をしているシーンで、マックスという男の子が出てきました。マックスは黒人でした。
彼とバッハのことに関してディベートをするシーンがあるんです。
リディアはバッハの素晴らしい音楽をマックスは聴いてるか?と問うとバッハの性的な部分で人間性から受け入れられないと言う。
このシーンでリディアの意見に納得するかどうかで映画の見方も変わる気がします。
僕はリディアの意見になるほどって思ったんですね。
これを対等な立場のディベートじゃないと言って嫌悪感を抱く人もいると思うんです。
世代間の違いで先生に対しての考え方も変わってきてるから正解がないんですよ。
その正解の無い時代に来た時に自分で判断しないといけないと強く感じました。
炎上してる人がいるから叩く側に回るのが1番ダサいです。

本作が世論について考えるきっかけになると良いですね。