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TAR/ターのピポサルのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.5
単に権力をもつと人間って危ないよねという話ではなく、それが芸術の分野であること、ター自身もその地位によって得られる富や名声を目的としているわけではなくただ純粋に芸術を探究していること、その結果として独裁的な体制を築いてしまっていることが物語を複雑にしている。本来であればコンマスが奏者側のリーダーではあるがそのコンマスも手中に収めてしまっている。バンド側はふたりの関係を指摘しないのかなと思ったけど、どうやらベルリンフィルは戦中・戦後ドイツの歴史にあわせて構成メンバーの変更を余儀なくされるなどほぼ公的な存在として認識されてるからLGBTQであるふたりの関係を指摘するのは難しいと考えられるそう。なるほどよくできてるな...
また、冒頭のインタビューでもマーラーのエピソードが言及されたうえで語っているように最後に残すのは愛だとハッキリしていて、彼女にも有機的な一面があるとわかる。天真爛漫で予想だにしない行動を取るけど演奏には光るものがあるオルガちゃんにグッとくるター、おちゃめだったな。レガートでイキそうな表情になるのはターも同じだった。
そのインタビューではとても丁寧に話の前提となるようなコンダクターとしての役割、そして彼女自身の音楽家としての哲学が語られる。同じように指揮者でもあり作曲家でもあったバーンスタインに近づきたかったことが全編通してうかがえ、過去の女性指揮者へ敬意を払いながらその地位を上げる使命感も持っていたように見える。現代作曲家による楽曲を取り上げるのもそういった意識からかと。しかし、自身の芸術への探究心やストイックさ、完璧主義、そして人間としてふいに芽生える他者への愛がどれだけの影響を周囲に与えるかに気付けず、どこかでバランスを崩していたんだと思える。

ルーツに立ち返って涙を流すターを見てしまうと彼女を悪者だと言い切ることができない。価値観とか正解はこれであると断定していないつくり。ラストのコンサートは観る人によって感じ方が違うと思うけど、自分はポジティブなものと捉えている。それにしても冒頭と終わりのクレジットとで流れる音楽のギャップがすごくて笑ってしまった。彼女の転落を如実に表していてけっこう残酷だったし、なんなら挑発的だなとも思えた。
そういえば振り方が日本を代表する某女性指揮者に似てたな。
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