doji

TAR/ターのdojiのネタバレレビュー・内容・結末

TAR/ター(2022年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

ここまではっきりとキャンセルカルチャーについての作品とは思っていなかったので少し驚きながらも、主題として扱うにあたっての描き込みと、表現と演出のsubtleさに唸った。Tarがもし男性であったらなら嫌悪に眉をしかめていたに違いないのに、ケイト・ブランシェットの身のこなしや常に顔に浮かんでいる余裕の表情には惹かれないわけにはいかず、どうしても肯定的にみようとする気持ちがはたらいてしまう。そこには観客をアンビバレンスに引き込んでいくトッド・フィールドの意図があるわけだけれど、これまでキャンセルされてしまったさまざまなアーティストのことを思い浮かべながら、果たして彼らに対して同じ視線を持てるだろうかだとか、そんな考えがあたまを巡った。

衝撃のラストと巷では騒がれていたのでいかほどのものかと身構えていたけれど、モンスターハンターのことは知らなかったにしろ、ぼくとしてはTarの行く末に心の平穏のようなものが訪れたように感じる、しっくりとくる幕切れだった。権力の濫用が招いた栄枯盛衰の先にあるのは、おどろくほどシンプルなまでの音楽への愛であり、アジアの小国でサブカルチャーのために指揮棒を振るう彼女を「堕ちた」と評するのは、きっと俗物メディアとソーシャルネットワーク上の言説であって、ぼくはその姿を美しいものとすら思う。ぼくがかつて好きでしょうがなかったあの映画監督やミュージシャンも、どうかささやかながら活動を続けてほしいし、こちらのことなんか構わずに、表現への愛と奉仕を取り戻してほしい。ラストシーンのTarを笑う権利は誰にもないし、Tar自身がそこに意味を与え、進む道を選び取っていくしかない。それは冒頭のインタビューでTarが民族音楽について語ることばのように(ちょっとうろ覚えだけれど)、歌い手と聞き手の関係によって成立する、シンプルな音楽への回帰なのではないだろうか。
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