シミステツ

TAR/ターのシミステツのネタバレレビュー・内容・結末

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

冒頭にクレジットを持ってくることで「作り手」への敬意が感じられる一方でそうした担い手への搾取、尊厳のようなところもメッセージングされており、まさに作品の方向性をうらなう「指揮」の役割、観客がはじまりに指揮者に注目を注ぐという音楽的な役割をも担っていたのが示唆的で秀逸だった。

世界最高峰のオーケストラの一つ、ベルリン・フィルの女性初のマエストロに任命されたリディア・ター。
冒頭の対談シーンにおける、指揮者は拍を取るだけとおもわれがちではないかという話を振られた時の、ターの堂々とした振る舞い、左手と右手の役割、時を支配するという意義についての語り、指揮科の生徒に対して性的指向や人種によって作曲家の好き嫌いや評価をするべきじゃないという話は至極まっとうかつ圧倒的な説得力だった。これらシーンでターの人間像の構築にうまく成功している。

マーラーの交響曲第5番。若手指揮者クリスタの死。ターの愛人であったクリスタのメールを削除して、秘書であるフランチェスカを副指揮官の地位をちらつかせて懐柔、私欲によりオルガの得意なエルガーのチェロ協奏曲をカップリングに選定、オーディションでソリストに抜擢。これに恋人シャロンの嫉妬、そして第一奏者は傷つき、反発が広がっていく。そこに追い打ちをかけるように告発状が届く。

冒頭のえげつないセンスとオーラ、天才的な言語化・説得力に魅了されていたので、これらの出来事にひどく失望して観てしまった。ただ時に音楽はこうした欲望から強いエネルギーから生まれて輝いてきたのだろう。才能と人間性というのはどの時代もうまく共存しなかったりもする。才能が生きる場を奪うことのキャンセルカルチャーと倫理性をどう捉えるか、非常に難しい問題。

完璧と思われたターが次第に不協和音を奏で崩れていくさまは(アコーディオンをヤケになって奏でるシーンは文字通り)いたって音楽的であった。音楽とは何かを語る映像を観て熱く涙を流すシーンは悲しくも印象的だった。

ケイト・ブランシェットが終始めちゃくちゃ指揮者で、指揮するシーンなどはもうニヤけてしまうほどだった。女優引退を発表したケイトが最後の輝きを放った本作、と捉えるとまさに完全燃焼的な花道だったのではないか。そのくらい圧倒するものがあった。

カバナ=ヘブライ語で「精神の集中」

先住民の音楽。
「彼らが歌を受け入れるのは歌を生み出した魂と歌手の魂が同化した時だけだ。そうやって過去と現在を融合させる。時空を超えて行き来するんだ。この忠誠の定義は理にかなっている」