ぽん

TAR/ターのぽんのネタバレレビュー・内容・結末

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

先日、初めて行った歯医者さんで診察室で待っていたら、女性が入ってきて「よろしくお願いします」と問診票の確認を始めた。あーこの人は歯科衛生士さんでこれが終わったら歯科医と交代するのだなと思っていたらそのまま診察になった。彼女は担当医だったのだ。うひょー、これがアンコンシャス・バイアスってやつかと我ながら恥ずかしくなったのだけど、本作を観ながらちょっとその事を思い出していた。

主人公の指揮者がレズビアンの女性という初期設定は、昭和世代の自分には未だにちょっとしたハードルがある(気がする)。もし主人公が男性だったら、もっと素直に?嫌悪感を覚えていただろうに、このセクハラ・パワハラそろい踏みのリディア・ター(ケイト・ブランシェット)という人物がどうしても嫌いになれなかった。

どんな人だって長所と短所があり、光輝く面と暗黒面を併せ持っているのだろうが、この映画の中での主人公ターも、ステキなところとク〇野郎なところが共存する魅惑的な女性だった。

芸術作品の価値判断は、作者自身の属性や人間性の影響を受けるのが当然なのか、そこは切り離して考えるべきなのかという問いかけが出てくる。エピソードとしても語られるし物語そのものがそういう問いになっている。プライバシーが簡単に暴露されうる現代社会においては余計に、作品の後ろに作り手の存在がチラついてしまうでしょう。でも、ネットに浮かんでる情報がどこまで真実かは分からない。そしてそこを留保し検証するリテラシーは追いついていない。悪意に満ちたフェイクすらあるのに。ターが失脚した直接の原因もネットに流出したデマだった。でも実際の彼女には真っ黒な悪行がある。うおぉぉぉ、これは頭グルグルするパターンだ。こうやって揺さぶられるの好き。(←変態)

主人公は楽団内で好みの女の子のつまみ食いを繰り返し、犠牲になった若い音楽家たちはキャリアも潰され・・・って、それこそワインスタインみたいな話でもあるのに、ケイト・ブランシェットが魅力的だからって批判の眼差しがニブる自分自身にけっこうショックを受けている。権力が人を腐らせるっていう普遍的な話をジェンダーに引っ張られて公正に判断できない自分って、ヤバすぎ。

という具合にザワザワさせてくれて、私にとってはとてもイイ映画だった。映画館で観たときはもっと単純に傑物の栄枯盛衰を面白がって観ていたが、2度目の鑑賞では犠牲者の視線にいちいち気づいてしまった結果、問題提起の矛先が自分に向いてしまいました。見てるつもりで見えてないものって沢山あるのだな。もっと目を凝らし耳をすませないと・・・。
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